『ストップ・メイキング・センス』4Kレストア版の驚くべき舞台裏 伝説のライブ映画はいかにして蘇ったか? 

サウンド面の「問題」と「アップデート」

同様のことが映画のオリジナル音源にも起こっていた。劇場上映のサウンド関連を専門とするポストプロダクション会社トッドAOが倒産し、LAの資産所有者たちはそのビルの取り壊しを決定。だが、引き取り手のないまま放置された、あるいは未払いのおかげで棚晒しとなった様々なプロジェクトでいっぱいの保管庫があり、所有者不明の物も廃棄されるとのお達しが下った。モコスキーによれば、ありがたいことに誰かが——「おそらくソニーだったと思う」——名乗り出て、トレーラーをレンタルし、倉庫で保管すべく全品をカンサスへと運搬したのだ。彼は電話を掛け、何らかの素材がそこにないかと訊ねた。そして再び、幸運にも彼は黄金を掘り当てた。オリジナルのオーディオ・トラックが何年も保管庫に置きっぱなしにされていたのだ。誰にも触れられることなく。

この発見は、映画で使用された楽曲のドルビーアトモス・リミックスに着手していたハリスンとソーングレンにとって、強力な援護となった。彼らは、ライノ・レコーズ(昨年8月にサウンドトラックの再リリースを計画していた)及びパーム・ピクチャーズから収集した素材を合わせたものを使用していたのだ。「彼と僕が1984年の『ストップ・メイキング・センス』オリジナル・リリースのミックスをやっていたことは、大いに役に立ったよ——映画じゃなくて、アルバムのミックスをね」ハリスンが言及する。「僕らは既にどこを基準とすればいいのかが分かっていたから」。


ジェリー・ハリスンとクリス・フランツ(JORDAN CRONENWETH/COURTESY OF A24)

だが、彼らも欠損部分を発見し、それが進行を遅らせ、いくらか作業を妨げることとなった。「E.T.(エンジニアのソーングレン)からEメールをもらったんだ、"歓声のトラックがどこにもないんだけど。どうやって曲間を埋めて一つに縫い合わせよう?”って。でもありがたいことに、オリジナルのオーディオ・トラックが見つかると、そこには全てがあったんだ。オリジナル・オーディオから唯一欠落していたのは、デミによるオーヴァーダブだった。それはコンサート時のミスを修正すべくフィルムに編集とサウンド・ミックスを施す際に、彼らが加えたものだった——だがその後、そのオーヴァーダブが配されたミックスがたまたまライノの手元にあることが分かったんだ。それはまさに、これら全ての要素がジグソー・パズルのピースのように合わさって、パズルが完成していくかのようだったよ」。

そこには音声と映像を同期させる問題もあり、それは、くぐり抜けなければならないさらに難しい試練であることが判明した。『ストップ・メイキング・センス』がパンテージ劇場で4夜に亘って収録されたことはよく知られている(そして、トーキング・ヘッズの伝説によれば、最初の夜のパフォーマンスはかなりラフであったと言われていることも)。だが、バンドが楽曲の最もいい演奏だと思われるものを選んでいたのに対し、デミは視覚的側面をもとに4公演から抜粋する箇所を選んでいたことはあまり知られていない——そして、ハリスンが認めるように、この2つの選択は常に一致するわけではなかった。

「僕らは最初はこんな感じだった。"さて、いつのバージョンの「Once in a Lifetime」が一番良かった?”」。彼が続ける。「"で、どの夜の演奏が一番良かった?これはショウだからね”。だけど、忘れちゃいけない。ジョナサンは各公演で6台のカメラを回していて、ステージ上で僕らの間に何が起こっていたかを見ていたんだ。すなわち、彼が求めていたものを捉えるような視点で。だから、僕らがある曲の第2夜のバージョンを気に入っていたとしても、ジョナサンは第4夜の映像を素晴らしいと言うんだ。僕らはそれら二つを重ね合わせた。ありがたいことに僕らにはクリスがいた。極めて堅実なドラマーだよ! 彼がいなければ僕らはああいったことは絶対にできなかった」。


『ストップ・メイキング・センス』(サントラ)40周年記念デラックス・エディションでは、1984年のオリジナル・アルバムに収録されなかった「Cities」「Big Business/I Zimbra」の2曲をフィーチャー

『ストップ・メイキング・センス』の一部で生じているわずかなズレをこのリストアでは修正しない、というハリスンのコメントが先日出された際、不完全さはこの映画の好きなところの一つだ、と彼は述べている。「もちろん修正できるテクノロジーはあった——でもどうして? この方がより人間らしい。それに、あのステージで起こっていたことの人間らしさこそ、ジョナサンが最も興味を引かれたことだったんだ」。

バンドが音源をデジタルテープへと移し替えていたこと——1984年の段階で、とりわけライブ録音ではまだ珍しく、極めて先進的なことであった——も、リストアを行うにあたって大いに役立つこととなった。これは、バンドがかなり早い段階で決めていたことであり、ハリスン曰く「僕らは映画のためのレコーディングだと分かっていたからね。映画となると、常に再レコーディングする羽目になるんだ。そして、それをやればやるほど、テープがすり切れ、音質が劣化することも分かっていた。だから、デジタルでそれをやることで無駄にコピーを重ねる危険を冒さないというアイディアは、それを避ける方法だったんだ」。唯一の問題点は、リストアにDASH(デジタル・オーディオ・ステーショナリー・ヘッド)テープを使用することになった際、それらを再生する旧式テクノロジーを見つけることが、あるいはそんな機械の操作法を知る人物を探すことが、ほぼ不可能だということだった。「でも幸運なことに、僕らのサウンド担当がその全てを熟知していたんだ」。モコスキーがそう言いながら笑い声を上げる。

彼もハリスンも、トロント国際映画祭でのリストア版プレミア上映に間に合わせるべく、緊急モードで最後の最後まで突っ走り、全てをやり遂げたことに、それぞれ驚いている。この晴れ舞台は、2002年のロックの殿堂入り式典以来ステージを共にすることがなかったバンドの4人のオリジナル・メンバーを引っ張り出すことに成功した。トロント国際映画祭での彼らの様子は、友好的ながらもややよそよそしさも残っていた(とはいえ「Burning Down the House」では、メンバーが各々立ち上がって踊っているところが目撃されている)。その1週間後にサンタモニカのエアロ劇場で上映後の質疑応答をした頃には、4人は手を繋いで全員でお辞儀をし、実際お互いに交流を楽しんでいるようだった。ハリスンが指摘するに、デミは常にこの作品をアンサンブル映画(訳註:主役を設けずに役割の同じ人物が複数登場する映画)として構想していたとのこと。「また、各々の登場人物にイントロダクションがあり、それぞれに焦点が当てられ、鑑賞者はバンドが一堂に会する前に各メンバーのことを知る機会が与えられたんだ。常に僕ら4人の映画だった。4人が一緒に演奏するんだ」。

「そして、本当に素晴らしくなったところは……」彼が付け加える「ドルビーアトモス・ミックスのおかげで、各プレイヤーの演奏が独立して聴こえることだ—-—-例えば、バーニー(・ウォーレル)や僕のキーボード演奏に、あるいはアレックス・ウィアーのギター・フレーズに、焦点を合わせて聴きたいと思えば、今やそれに集中することができる。だけど、スピーカーを周囲に置くことで、それらをミックスしたり、サウンドを調整することもできる。そして……そう、僕はこれまでに幾度か聴衆と共にこの作品を観たけど、まさにコンサート会場にいるみたいなんだ。『ストップ・メイキング・センス』は常に驚くべきコンサート映画だった。だが、この新たなバージョンによって、それは完全に没入できるものにもなったんだ」。

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From Rolling Stone US.




映画『ストップ・メイキング・センス 4Kレストア』
2024年2⽉2⽇(⾦)TOHO シネマズ⽇⽐⾕ 他全国ロードショー

監督:ジョナサン・デミ
出演:デイヴィッド・バーン、クリス・フランツ、ティナ・ウェイマス、ジェリー・ハリスン 他
配給:ギャガ
© 1984 TALKING HEADS FILMS

公式サイト:https://gaga.ne.jp/stopmakingsense/



『アメリカン・ユートピア』
2024年1⽉26⽇(⾦)よりTOHOシネマズ新宿ほか東京・⼤阪・京都・札幌・福岡の5都市7館で1週間限定で再上映

監督:スパイク・リー
字幕監修:ピーター・バラカン
出演:デイヴィッド・バーン、ジャクリーン・アセヴェド、グスタヴォ・ディ・ダルヴァ、ダニエル・フリードマン、クリス・ギアーモ、ティム・カイパー、テンデイ・クーンバ、カール・マンスフィールド、マウロ・レフォスコ、ステファン・サン・フン、アンジー・スワン、ボビー・ウーテン・3世
配給:パルコ
©2020 PM AU FILM, LLC AND RIVER ROAD ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED
公式サイト:https://americanutopia-jpn.com/



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Translated by Masao Ishikawa

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