テラス・マーティンが語る「LAらしさ」と知られざるルーツ、石若駿に会いたい理由

テラス・マーティン

 
ここ数年、テラス・マーティン(Terrace Martin)は規格外といえるほどアクティブに活動している。Love Supreme Jazz Festivalでの来日も話題になったロバート・グラスパー、カマシ・ワシントンとのディナー・パーティー名義で2作のアルバムをリリースする傍ら、盟友グラスパーの『Black Radio 3』やレオン・ブリッジズ『Gold-Diggers Sound』から、リゾ『Special』、セレステ『Not Your Muse』、バッドバッドノットグッド『Talk Memory』といった話題作まで幅広く貢献してきた。

さらにリーダー作も、2020年から昨年にかけてアルバム3作・EP4作を、自身のレーベル「Sounds Of Crenshaw」から立て続けに発表。2021年のアルバム『DRONES』はグラミー賞にもノミネートされた。さらに、今年もすでに『Fine Tunes』『Curly』という2つのアルバムをリリースしており、常に何かしらの作品に取り組みながら動いてきた印象がある。

ケンドリック・ラマーやスヌープ・ドッグをはじめ、数多くのプロデュースワークで知られるテラスだが、彼はグラミー賞にもノミネートされた『Velvet Portraits』(2016年)、The Pollyseeds名義での『Sounds Of Crenshaw Vol. 1』(2017年)、Gray Area名義での『Live At The JammJam』(2020年)といった作品で、サックス奏者としての自分を中心に据えたバンドでの録音にも力を入れてきた。最新作の『Curly』は『Velvet Portraits』にも通じるソウルフルなアルバムで、コリー・ヘンリーやロバート・スパット・シーライト、ニア・フェルダー、ラリー・ゴールディングスといった世界最高峰のジャズ・ミュージシャンが集まった豪華バンドによる楽曲が収められている。

9月11日(月)横浜、12日(火)大阪、14日・15日東京のビルボードライブで開催される来日公演では、『Curly』のサウンドを再現するためにサックストリオ編成で来日するという。ここでは『Fine Tune』『Curly』を中心に、近年のテラスについて話を聞いている。驚異的なリリースペースにも関わらず、どの作品もコンセプトが明確に固まっていることにも驚かされるし、彼の知られざるルーツがいくつも明らかになった。ちなみに、このインタビューを実施したあと、彼はボサノヴァがテーマにあると思われるEP『NOVA』をリリース。創作意欲が爆発している今のテラスを見逃す手はないだろう。さらに彼は、日本のジャズシーンへ熱視線を送っているようだ。



―秩父でのラブシュプはどうでしたか?

テラス:最高だったよ。ジャズやヒップホップを日本で演るのはいつも最高の体験なんだ。日本はそれらのカルチャーをずっとサポートしてくれているからね。僕自身にとって、日本はアートを率先してサポートしてくれている国の一つで、とにかくみんなすごく理解してくれている。だから、日本はライブをしたい国の一つで、毎回新しい発見がある。自分にとっては日本での初めての野外フェスだったけど、若いファンが笑顔で踊ったりしている姿を見ることができて嬉しかった。

―今日はあなたが近年発表してきたアルバムの話を聞かせてください。まずは2021年の『DRONES』から。

テラス:OK。このアルバムのコンセプトはケンドリック・ラマーやPunchを始め、このプロジェクトのために僕が厳選したアーティストたちとネット社会について交わした会話に基づいている。インターネットってすごく役に立つツールではあるけど、一方で悪いこともたくさん起こっていて、実際のところいろんなデータがどう利用されているのかわからないことも多いよね。

みんなと話していて一致した意見は、ネットは僕たちからある意味で人間性を奪ってしまったというか、いわゆる気持ちとか感情が追いやられてしまったということなんだ。今の時代、世界中で多くの悲劇や人を傷つける出来事がたくさん起こっていて、その中で多くの人々が辛い思いをしているけど、僕たちはそれを手元の携帯やインスタで簡単に目撃することができるよね。その手軽さがある意味、人間の感覚を麻痺させている。感情を持った生き物である人間らしい部分が麻痺して、人間をドローン(無人機)みたいにしてしまっていると思うんだ。このアルバムは、そんな時代のなかで自信のなさや恐れ、不信感、愛情を感じない、といったことで悩んでいる人々をテーマとして取り上げることで、みんなに手を差し伸べる試みの一つとして取り組んだんだ。




―コンセプトを念頭に置くと聴こえ方が変わりそうですね。では次に、『Fine Tune』について聞かせてください。

テラス:簡単に言うと、多くのアーティストと自分が好きな色々なスタイルの音楽をまとめたコンピレーション。ガンボみたいなものだね。『Fine Tune』は僕が新しく立ち上げたジャズレーベルとBMGとのパートナーシップによる「Sound Of Crenshow Jazz」というプロジェクトの第1作目で、このプロジェクトから今後出る作品(訳註:今年中に計6作リリースされる予定)がどんな感じになるかを知ってもらえるヒントみたいなもの。例えば、本作にコリー・ヘンリーをフィーチャーした曲があるのは、次作『Curly』に彼の曲が収録されているから。つまり、本作に収録されている曲は、どれも今後Sound Of Crenshow Jazzから出る色々なアルバムの一部が盛り込まれているわけ。だから『Fine Tune』のコンセプトは今後の作品の導入編みたいなもので、『Curly』はそのシリーズで紹介していくテイストを持った最初のオフィシャルな作品ということになる。




―『Fine Tune』は連作のサンプラーみたいなものだと。では、『Curly』についても聞かせてください。

テラス:『Curly』はハモンドB3オルガンの持つエネルギーから派生したグループのこと。ハモンドオルガンを取り上げた理由は、僕に演奏というものを教えてくれた亡き父が熱狂的なオルガンのマニアだったことから。僕も父もオルガンが大好きだったから、自分のルーツである「人をハッピーにさせる音楽」に立ち返ったプロジェクトをしてみたいと思ったんだ。教会とジャズやブルースのクラブが身近な環境で育った僕にとって、オルガンとサックス、ドラムは家にもあって幼少期から目にしてきた一番付き合いが長い楽器。だから、ハモンドB3オルガンの力を借りることで僕と父のルーツを象徴するのと同時に、今後を表わした作品を作ってみたかったんだ。そういう意味で、僕にとって『Curly』とこのバンドは特別な存在だよ。実は今度の来日も、このオルガングループ・Curlyを連れて行くことになっている。すごくくつろいだ雰囲気のライブになるから今からすごく楽しみにしているよ。



―教会での体験について聞かせてもらえますか?

テラス:僕は教会で育った。一般的に黒人のカルチャーにおいて教会はすごく重要な存在で、人生の一部なんだ。僕の家族は敬虔なクリスチャン・ファミリーで、曽祖父母が教会に熱心に通っていたよ。僕はゴッド・イン・クライスト教会(訳註:略称COGIC)という教区で生まれ育ったんだけど、家族の中にはその教会コミュニティで司教や福音伝道者を務める人もいたね。

そういった教会にはオルガンが必ずあって、僕もドラムや他の楽器よりも先にオルガンを目にしたのを憶えている。店先教会って呼ばれる小規模の教会のほとんどにはオルガンだけしかなくて、ドラムとか他の楽器は置いてないんだ。そういう教会では全ての要素を兼ね備えた楽器であるオルガンでペダルがベース、ミドルパートがコーラス、そしてトップパートがメロディーを奏でることで、まるで他の楽器があるかのようなサウンドを生み出してくれる。だから教会の世界でのオルガンは、僕や僕の年代にとってチャーチ・ミュージックの中心的存在なんだ。最低でも週に4〜5回はオルガンを耳にしてたし、家にもあったし、ジャズミュージシャンだった父はジャズオルガン奏者たちが周りにいる環境で育った。それで僕も自然にオルガン奏者たちと繋がっていった。

今も(自宅スタジオにいる)僕の後ろにオルガンがあるのが見えるだろ? とにかくオルガンってすごく深いんだよ。そんな背景で、感情を駆り立てるその音色を聞くことが昔からの僕自身のオルガン体験だった。オルガンは誰も気づかないような特徴のないBMGを奏でることはないんだよね。オルガンは伝えたいメッセージがあるときに聞こえてくる音色。礼拝での「そして神は仰られた、バーン!」っていう風にね。だからオルガンはブルースでよく使われる楽器でもある。ブルースのオルガンの音色には、まるで自分の内臓がオルガンに引っ張られるような感覚を覚えるよね。本当にソウルフルな楽器だよ。

ちなみに、ハモンドB3オルガンは日本でも特別な存在なんだよね。素晴らしいオルガン奏者もたくさんいるし、みんな楽器をとても大切にしている。だから今回の公演では演奏を楽しんでもらうだけじゃなくて、アメリカでは忘れられてしまったものを存続させてくれている日本に対して、感謝の気持ちを示したいと思っているんだ。

Translated by Aya Nagotani

 
 
 
 

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