バービーと原爆:「#Barbenheimer」が浮き彫りにした「軍事」と「フェミニズム」という難問

知られざる告発者

映画『バービー』は、笑いあり涙ありの文句なしに手際のいい映画だ。その一方で、バービー人形のIPを有するMattel社のハリウッドを舞台にしたグローバル戦略の第一の矢となる作品でもあることは紛れもない事実だ。そのことが作品にもたらす矛盾は、映画内で自己言及的に指摘されてもいる。おそらく2023年夏を代表することになる大人のポリコレ風刺コメディは、同時に、「人形の人権」をめぐる、ウェルメイドすぎる1時間54分のCMでもある。




一方の『オッペンハイマー』については、現在日本未公開のため、残念ながら内容について語ることができない。冒頭の「National Security Archives」の報告書に戻るなら、オッペンハイマーは、ジョージ・キシャカウスキーの内部告発を受け取ったものの、グローヴズ将軍に対して声をあげなかったとされる。オッペンハイマーのこの沈黙を、映画はいったいどのように描いているのだろうか。Slateは、オッペンハイマーに対して終始手厳しい記事を、以下の文章で締めくくっている。

 この時、オッペンハイマーはすでにロスアラモス研究所を去っていたが、政府の諮問委員会のメンバーではあった。多くの科学者と同様、彼もまた放射線の被害を過小評価していた。しかし、彼は、研究員たち調査から、グローヴズのコメントが虚偽であることは知っていた。「原爆の父」と讃えられた彼が、自分の手が血塗られたものであることを悟り、ハリー・トルーマン大統領に告白したのは有名な話だ。けれども、彼はグローヴズの嘘については、公には一度も言及しなかった。

 しかし、誰も声を上げなかったわけではない。グローヴズが上院の原子力特別委員会で証言した1週間後の1945年12月6日、マンハッタン計画に関わった科学者で、日本での原爆被害の調査チームの一員だったフィリップ・モリソンは、同委員会に出席し、グローヴズのでたらめに真っ向から対立する証言を行った。モリソンはその後、マサチューセッツ工科大学(MIT)の物理学教授となり、マンハッタン計画の退役軍人を含む科学者たちのコミュニティで、核軍縮と軍備管理を主張する活動家となった。

 きっとそのうち誰かが彼の映画をつくるだろう。



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