2. 保守的なHR/HMファンをも納得させてきた越境的な配合s.h.i.まず知ってほしいのは、BAND-MAIDは非常に優れたバンドであり、メタルと日本のロックの歴史において重要な意義をもつバンドということである。「メイド服とバンドを掛け合わせたものがやりたい」という出発点もあって色物扱いされやすいが、実際の音はそうしたコンセプトから想像できないくらいハードなもので、コミカルな印象を与えるメイド服はむしろ、そうした音のいかつさを中和する要素、柔らかい戦闘服のように機能している。その上で、音楽的な引き出しもとても多い。
BAND-MAIDの音楽性を一言で表すなら、〈ストロングスタイルのパワーメタル+1990年代以降の日本のロックにおける多彩な音楽語彙〉×2010年代以降のメタルサウンドという感じで、従来の縦割り棲み分け的なジャンル観では出会いにくい要素が、卓越した技巧により自然に融け合わされている。なかでも重要なのが、いわゆるガールズロックの成分とJ-ROCK的なエモの成分だろう。これは日本のHR/HM(ハードロック/ヘヴィメタル)ファンの間では軽視されてきた文脈で、そうしたメタル外の側からメタル成分を取り込みうまく使いこなすバンドが少なからず存在する(いわゆるヴィジュアル系の領域に多い)一方で、メタル内のバンドがそうしたメタル外成分を用いて歓迎される例はほとんどなかった。しかし、BAND-MAIDはそうした難しい配合をメタル寄りのバランスで成功させ、保守的なHR/HMファンをも納得させることができている。これはとても得難いことだと思う。
その上で重要なのが、こうした越境的な配合をしなければ生み出せない個性だろう。欧州のフォークメタルバンドが出身国の伝統音楽要素を取り入れたり、和音階を導入する日本のバンドが多いのと同様に、BAND-MAIDはJ-ROCK的なエモやガールズロックの成分をエッセンスのレベルで取り込み活かすことができている。これは日本国外のバンドには真似するのが難しい配合で、BAND-MAIDならではの優れたオリジナリティに繋がっている。これまでのメタルシーンでは軽視されてきた文脈を再評価する批評的な活動と、そうした文脈に取り組むからこそ得られる音楽的な滋味を両立させる。これはBABYMETALにも通じる在り方で(BABYMETALの場合は、2010年代中盤の時点では凄さが十分に認識されていなかった聖飢魔IIやX JAPANのようなバンドの再評価と、デスコアやトラップメタルをはじめとした同時代の先進的メタル語彙の導入)、BAND-MAIDはそれをメンバー全員が女性のバンド編成でやってのけている。このような観点からの認知・評価はもっと広まってほしいものである。
『BAND-MAID 10th Anniversary Best』Vol.1およびVol.2は、以上のような音楽性がとても分かりやすくまとめられたベストアルバムだ。曲調はいずれも多彩だが、Vol.1はどちらかと言えばJ-ROCK的なエモの成分が多め、Vol.2はガールズロックの成分が多い選曲になっているように思う。例えば、Vol.1収録の「Daydreaming」はLUNA SEAやL’Arc〜en〜Cielに通じるバラード寄りの曲調で、そこに鬼束ちひろのような仄暗さや、メタルならではの分厚く逞しいエッジが加わっている。この曲が巧いのは、そうしたエモ系譜の音楽要素のうちメタルファンにはあまり好まれない類の成分(コード進行のクセなど)を解きほぐしてHR/HMファンにも受け入れやすい形に整理しているところで、そうしたさじ加減のうまさは他の曲でも様々な形で活かされている。
Vol.2収録の「Puzzle」は、相川七瀬あたりのガールズロック的な要素(90年代のビーイングやエイベックスに通じる雰囲気)をニューメタル〜メタルコア以降のサウンドに落とし込む手管が凄い。イントロのリフはEuropeやJourneyのような80年代のメロディアスハードロックに連なるものなのだが、それをメタルコアやEDMの爆音基準で大幅にラウドにすることで、嗜好の異なる双方のリスナー層にアピールする形に昇華してしまえている。こうした越境的ミクスチャーを、少し聞き流したくらいでは違和感が生じないレベルでやってのけ、好き嫌いの多い人にもうまく飲み込ませてしまう。今回の二つのベストアルバムは、そうした料理のうまさが明快に示されている点でも意義深いリリースだと思われる。
BAND-MAIDのこのような音楽性は、バンドの方向性を模索していた時期に出会いHR/HM路線を選ぶきっかけとなった名曲「Thrill」(作詞作曲は、初期の楽曲提供者として重要な役割を担った阿久津健太郎)で既に示されている。基本的な曲調は80年代のLOUDNESSやACCEPTに連なる強靭なパワーメタルなのだが、サウンドプロダクションはニューメタル以降の分厚い鳴り、その一方で歌メロまわりはSHOW-YAなどに連なるガールズメタル/ロックの系譜。従来のHR/HM観では組み合わせようという発想自体が出てきにくい要素が自然に融合しているこの曲は、音楽的な成り立ちの面においてもBAND-MAIDの重要な原点になっている(Vol.1の最初に収録されているのはそうした認識の表れでもあるだろう)。
こうした音楽的な広がりは、HR/HM路線に踏み切る前にリリースされた最初のミニアルバム『MAID IN JAPAN』(2014年)でもよく示されている。メンバー自身の手による楽曲が大部分を占めるようになるのは『Just Bring It』(2017年)からだが、それ以前の初期作で多彩な音楽性に触れていたことが自作曲の豊かさに貢献した面もあるだろう。メイドの装いも含め、BAND-MAIDはメタル的には色物とみなされやすいポジションから出発したバンドだが、だからこそオーセンティックなメタルのマナーを過剰に要求される対象にならずに済み、自由に音楽性を広げていくことができた(これは聖飢魔IIなどにも通じる)。今回のベストアルバムは、そうした活動の軌跡を示すものでもある。
実際、近年の作品は先述のような“要素の組み合わせ”的な解釈が容易でないものも多い。例えば、Vol.1収録の「glory」(初出は2019年の『CONQUEROR』)は、VICIOUS RUMORSのような正統派のパワーメタルと、マキシマム ザ ホルモンのような2000年代以降のオルタナティヴメタルとが、マスコアやメロコアの疾走感を介して融合され、終盤ではエモ系譜の叙情に至る……というふうにも形容できるのだが、それぞれの要素は分離困難なレベルに融け合わされ、BAND-MAIDならではの優れた個性に昇華されている。
Vol.2収録の「NO GOD」(初出は2021年の『Unseen World』)も同様で、メロディック・パワーメタル(リフは歌伴のためのシンプルなものが多い)のテンポにヘヴィメタル〜パワーメタル流の捻りの効いたリフを早回しして落とし込んだような序盤と、エモ〜ポストロック成分が前面に出るサビやブリッジとが、そうした文脈を越えて動きまくる楽器陣のソロ的パートを介して不可分に融合されている。
そして、Vol.2最後に収録された「Coralium」(初出は2022年の『Unleash』)に至っては、安室奈美恵のようなJ-R&Bの要素とオルタナティヴメタル的な曲調が渾然一体となり、ほとんど唯一無二の味を生んでいる(そして、ここでJ-R&Bの要素に気付くことにより、例えば「輪廻」がSlayer流スラッシュメタル+J-R&B的な成り立ちをしていることが見えやすくなる)。そうした個性確立度の変遷を一望できる点においても、とても楽しく意義深いベストアルバムになっていると思う。
以上、BAND-MAIDの音楽的な立ち位置と『BAND-MAID 10th Anniversary Best』の充実した内容について触れてきた。全曲リマスタリングされ曲順も良い本作は、このバンドを聴いたことがない人にとっての入門編としても、既に聴いたことがある人が理解を深めるための手掛かりとしても、絶好の内容になっている。その上で、今回収録されなかった曲も良いものが多いので、オリジナルアルバムもぜひ聴いてみてほしい。BAND-MAIDならではの批評的創作の妙味を楽しめる傑作ばかりである。
<リリース情報>BAND-MAID『10th Anniversary Best Vol.1』2023年8月2日(水)発売定価:2500円(税抜価格:2273円)=収録曲=1. Thrill2. REAL EXISTENCE3. alone4. YOLO5. Don't you tell ME6. Daydreaming7. Choose me8. DOMINATION9. DICE10. start over11. glory12. Bubble13. endless Story14. Different15. Warning!BAND-MAID『10th Anniversary Best Vol.2』定価:2500円(税抜価格:2273円)=収録曲=1. Shake That!!2. the non-fiction days3. FREEDOM4. Puzzle5. secret My lips6. Play7. I can't live without you.8. Rock in me9. Screaming10. Blooming11. 輪廻12. NO GOD13. After Life14. Manners15. CoralliumBAND-MAID OFFICIAL HP:https://bandmaid.tokyo