ディナー・パーティー来日目前 最新アルバムからロバート・グラスパーの変化を読み解く

コーチェラ出演時のディナー・パーティー 左からテラス・マーティン、ロバート・グラスパー、カマシ・ワシントン、9thワンダー、Arin Ray(Photo by Scott Dudelson/Getty Images for Coachella)

 
5月13日(土)・14日(日)の2日間、埼玉県・秩父ミューズパークで開催される「LOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL 2023」(以下、ラブシュプ)。2日目・14日(日)のヘッドライナーを務めるディナー・パーティー(Dinner Party)が、最新アルバム『Enigmatic Society』をリリース。ロバート・グラスパー、カマシ・ワシントン、テラス・マーティンによる豪華プロジェクトの現在地を、ジャズ評論家・柳樂光隆に解説してもらった。

ディナー・パーティーというプロジェクトの詳細は前回の記事をご覧になっていただくとして("ディナー・パーティー徹底解説 グラスパー、カマシ、テラス・マーティンの化学反応とは?")、大雑把に説明するとジャズミュージシャンが楽器演奏者の立場を離れて、プロデューサーの立場で行っているプロジェクトだと言っていいと思う。すさまじいテクニックを持ったミュージシャンが普段の音楽活動で見せている高度な作編曲能力、複雑な楽曲をいとも簡単に演奏するテクニックなどを抑えて、メロウで心地良い歌もののR&Bを作ることに注力している。2020年の前作『Dinner Party』は正にそんな楽曲が集められた作品だった。

あのときは一回限りのプロジェクトなのかと思われたが、ディナー・パーティーは再び動き出し、最新アルバム『Enigmatic Society』をリリース。時を同じくしてコーチェラのステージにも立ち、まさかの来日公演まで決まってしまった。ここではその新作について考えてみたい。





方向性そのものは前作から変わっていないが、変化はいくつも起こっている。ロバート・グラスパー、テラス・マーティン、カマシ・ワシントンという3人のジャズミュージシャンがプロデューサーの立場も実質的に兼ねており、そこに9thワンダーが加わるのが従来のディナー・パーティーだったわけだが、新作では9thワンダーの存在感がかなり薄れており、クレジットされているのは収録曲の半分未満となる4曲。このパワーバランスの変化が面白い作用を生んでいる。

もともと前作『Dinner Party』の時点で、かねてからグラスパーやテラスが重用し、SminoやRavyn Lenaeなどの作品にも携わってきたマイケル・E・ニールが作曲面でクレジットされていた。つまり、プロジェクトの顔となる4人だけでなく、彼のような職人やフェリックスを筆頭とするシンガーが、ディナー・パーティーの高度なサウンドを支えてきたわけだ。そして、今回の『Enigmatic Society』では、さらに何人かのソングライター/プロデューサーが関与している。

「Insane」ではシンガーのアント・クレモンズが作曲面でも貢献しているほか(彼はビヨンセ、エド・シーラン、H.E.R.などの楽曲を手がけてきた)、ケンドリック・ラマーの作品に欠かせない名手で、サンダーキャットやガブリエルズ、カリ・ウチス、テイラー・スウィフトまで幅広く起用されているトップ・プロデューサーのSounwaveが参加している。






「Secure」で作曲に名を連ねているのがデュレル・バブス。Tankの名前で2000年代初頭に大ヒットを生み出し、アリーヤ、ジョー、クリス・ブラウン、オマリオンなどとのコラボでも知られるR&Bシンガーだ。彼のように、歌唱力に定評のある2000年代のスターを起用するのは、(『Black Radio』シリーズにも通じる)グラスパーならではの人選とも言えそうだ。ちなみTankはケンドリック・ラマーの最初期作品にも起用されており、LAのヒップホップとも交流がある。




「The Lower East Side」ではトレヴァー・ローレンス・ジュニアの名前がクレジットされている。エミネム諸作でも知られるプロデューサーであり、LAシーン屈指のドラマーでもある彼は、ブルーノ・マーズ、ドクター・ドレ、50セントなどとも接点を持ちつつ、テラス・マーティンの作品にたびたび貢献してきた(2017年のテラス来日公演にも同行)。



このようにLAの名プロデューサーを迎えた結果、9thワンダーがタッチしていない楽曲では、必然的にLAのフィーリングが色濃くなっている。これまでグラスパーが先導してきたプロジェクトはNYのジャズ、ネイティブ・タン周辺のニュースクール系ヒップホップ、もしくはソウルクエリアンズ周辺のネオソウルのイメージが強かったが、それらの要素が『Enigmatic Society』ではほとんど感じられない。グラスパー絡みのプロジェクトの中でも、かなり特殊な方向に発展していると言えそうだ。

 
 
 
 

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