ヒップホップ・カルチャーを担う女性たち「Shiho Watanabe」

子育てとともに変化した仕事への意識

ーお子さんが生まれてから働き方に大きな変化はありましたか?

渡辺 めちゃくちゃ変わりましたね。でも、うちの場合、2020年に子どもが生まれて、同時期にコロナ禍もやってきたんです。生活様式自体はすごく変わったんだけど、ラジオの収録や取材もリモートが当たり前になって、その分けっこう助かってる部分も多い。だけどやっぱり、子どもの世話をする時間は自分の24時間の中に組み込まれる。最初は今までと同じペースで新譜をチェックしたいだとか、同じペースで遊びにも行きたいと思ってたんですけど、それは無理だと気づいて。子どもが生まれてからは、昔の50%くらいの量しか作品をインプットできてないことが悔しかったけど、今は逆にその50%をどう使うかだな、と思えるようになりました。

ーメンタル面の変化はありましたか?

渡辺 変わったと思うのは、「もうフロアの住人ではないんだな」ということ(笑)。この間久しぶりに土曜日のHarlemに遊びに行ったんだけど、もうフロアに行けなかったんですよね。昔は、ぎゅうぎゅうのフロアの真ん中で踊ることが生き甲斐だったけど、今はバーカウンターの前でちょっと話す程度でいいや、と。若い子の間でバイラルヒットしている曲を聴いても、正直あまり響かないことが増えました。単純にカッコいい曲だとは思うけど、じゃあこの曲で踊ってみようとか、このライブを観にイベントに行こうみたい気持ちが薄れてきた気がします。それは多分母親になったからだけではなく、コロナ禍もあって現場との距離感が離れたからじゃないかとも思います。次の日のことを考えると、やっぱり今はちゃんと6時間くらい寝て、子どもを保育園に連れて行かないと、と思ってしまいますね。

ー音楽の聴き方に変化はありましたか?

渡辺 特に子どもが生まれてから、いろんな方の生きづらさというか、生活の不便さがあるんだろうなっていうことを考える機会が増えました。例えば小さいことだけど、ベビーカーに子どもを乗せてバスに乗るのも、人混みを歩くのも大変だし。それは車椅子の方も、シングルマザーの方も、日本語が分からない外国から来た労働者の方もそうだろうし。そういう社会的弱者のための音楽がヒップホップだという気持ちが強くなってきているのを感じます。だから、そういう方たちのためのヒップホップがもっとあってもいいんじゃないか、より社会正義を重んじたヒップホップの売り方、届け方があるんじゃないかって、こういうことを言うと綺麗事みたいになっちゃうけど、実際に考えるようになりましたね。この1、2年くらい、日本でもヒップホップがより存在感を増していると思うけど、縦にばかり大きくなっているような気がして。横の広がりや根っこ部分の力強さはそれほどなくて、単に砂の城が高くなっていってるような感覚もあるんです。ビジネスとしてスケールしていくのに達成感を得ている方がいるのは全然いいことだと思うんですけど、私はもう少し違うやり方で届けていけたらいいなと、ここ数年考えています。

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