ラフ・トレードに学ぶ「音楽の仕事」の現在地、UK名門のレーベル運営論

ラフ・トレード

UKを代表する名門インディレーベル「ラフ・トレード」(Rough Trade)は、2022年もブラック・ミディ、ジョックストラップ、スペシャル・インタレストなどの重要作や、リバティーンズの伝説的デビュー作『Up the Bracket』の20周年記念盤を送り出してきた。

ラフ・トレードは1976年にジェフ・トラヴィスが開店したレコードショップを母体として、1978年に創設。アーティストの意志を何よりも尊重し、スクリッティ・ポリッティ、レインコーツ、ヤング・マーブル・ジャイアンツ、アズテック・カメラ、ザ・スミス、ストロークス、リバティーンズなど個性豊かなアーティストを輩出してきた。現在はベガーズ・グループの傘下に入り、ゴード・ガールやキャロラインといった若手からジャーヴィス・コッカー(パルプ)のようなベテランまで在籍。設立45年を経た今も新人アーティストを発掘し、シーンを牽引し続けている。

ブラック・ミディが日本ツアーを行った12月には、同レーベルのグローバルプロダクトマネージャーを務めるトム・トラヴィス(ジェフ・トラヴィスの息子)が来日。そこで、黒鳥社の人気コンテンツ「blkswn jukebox」編集委員の若林恵と小熊俊哉が聞き手となり、トムのオンライン公開インタビューを実施。ロンドンの音楽文化の現在地について語ってもらった。当日の模様をお届けする。



トム・トラヴィス(Tom Travis)


大手インディは小さな所帯

─まず最初に、今どういうお立場でどんな仕事をされているのか教えてください。

トム:ラフ・トレードには11年いますが、直近の5年はグローバル・プロダクトマネージャーとして働いています。主な仕事はマーケティングですが、マネージメントチームがバンドのビジョンや思いを汲み取ったのを引き取って、それを制作部やラジオ部、プレス部などの社内のチームに展開していく役割をしています。いわば社内のグローバル・マーケティングのハブですね。

─今、会社には何人いらっしゃるんですか?

トム:ラフ・トレードのロンドンのオフィスには約11名のスタッフがいます。あとニューヨークにも別のチームがあります。

─11人って、想像以上に少ないですね。

トム:そうなんです。周りからは「大手インディレーベル」と言われるのですが、実際は小さな組織です。ロンドンには親会社「ベガーズ」のオフィスもあって、彼らが業務を担っている部門もありますので、それを含めるともう少し大きな規模になります。ベガーズはグローバルで展開しており、全世界の主要な音楽市場にそれぞれ拠点がありますが、ラフ・トレードとべガーズとでは、それぞれ業務内容や役割が異なっています。ベガーズ・グループの中で言いますと、4ADがラフ・トレードと同じくらいの規模感でしょうか。同じグループ内のXLとYoungといったレーベルとは、スタッフを部分的に共有したりもしています。

─ワープやニンジャ・チューンなど、イギリスの名のあるインディレーベルと比べるとどうですか?

トム:そのレーベルがどんなビジネスを展開しているかによっても変わります。例えば、ラフ・トレードはマネジメントもやっていますので、そのためのスタッフがいます。一方で、ワープやYoungは出版もやっているので、レコード業務に関わっていないスタッフもそれなりにいます。それでもプラス20%ぐらいの規模感だと思います。そのくらいの規模だと、1人のスタッフがそれぞれ4つくらい別の役割を担う感じになります。

─日本から見ているとかなり大きなビジネスに見えますし、グローバル・ビジネスでもあるので、その人数で回しているというのは驚きました。下世話な質問なのですが、給与面はどんな感じなのでしょうか? 例えばグローバルな金融企業の社員と比べてどのくらいとか、ざっくりとした範囲で結構ですので、教えていただけますか?

トム:お話にならないくらい安いです(笑)。私はもうラフ・トレードに11年間いるので、時間をかけてお給料も上がってきて、今の待遇に本当に満足しています。ただ、新人として入る場合には、他の業種と比べるとかなり劣ります。ただ、給与は安くとも、それに変えられないメリットもあると思っています。会社としては、新人のケアをしっかりやっていますし、業界でどうやってキャリアを築いていくのかについてサポートもしっかりしています。ですから、ワーカーの充実感や満足感は高いと思います。実際、ラフ・トレードは離職率がすごく低いんです。ラフトレードは、人と人との絆を大切にすることに重きを置いてきましたが、それはアーティストに対してもそうですし、スタッフに対しても同様なのです。


Rough Trade Records in 2022
〈top〉black midi『Hellfire』, Jockstrap『I Love You Jennifer B』, Special Interest『Endure』, caroline『caroline』
〈center〉Pinegrove『11:11』, Gruff Rhys『People Are Pissed』, SOAK『If I never know you like this again』, Gilla Band『Most Normal』
〈bottom〉Amyl and The Sniffers『Comfort To Me』, JARV IS...『This Is Going To Hurt (O.S.T.)』, Taken By Trees『Another Year』, The Libertines『Up The Bracket: 20th Anniverasry Edition』


シーンを活性化するために

─近年、ロンドンは物価もすごく上がっていると聞きますし、カルチャーが生き残ることの難しさが年々増しているのではないかと想像しています。さらにパンデミックの影響も大きかったと思いますが、こうした困難のなかでレーベルは、どんな役割を果たすべきなのでしょうか。

トム:イギリスだけでなく、これは世界の音楽市場で言えることだと思うのですが、レーベルとしてやらなくてはならない大事なことは、まずは、シーンをサポートすることだと思います。若いアーティストや、これからミュージシャンとして活動していきたい人たちをサポートし、育成しなければ、コミュニティが発展して生き残ることはできません。

─レーベルができるサポートとしては、まず第一に若いバンドと契約してキャリアを軌道に乗せてあげることが重要だとは思いますが、それ以外のやり方で、コミュニティやシーンの発展のために、他に具体的に実行している活動はありますか?

トム:コミュニティをサポートする活動については、アーティストからの相談として届くことが多いですね。アーティストやシーンに根付いている人たちが、「こういう面白いことをやってるからサポートして欲しい」といったかたちで、資金援助も含めたサポートの相談が舞い込んできます。

─例えばどんな内容ですか?

トム:イギリスの近年の最大の問題は、小さなベニューがどんどん潰れてなくなっていることです。活動を開始したばかりのバンドは、小さなベニューでたくさんギグをやって、そこで存在感を示したり淘汰されていくわけでが、そういう場所がどんどん減っていき、バンドがブレイクする機会が少なくなっていることが大きな問題になっています。こうした状況に抗う活動の例としては、ゴート・ガールのメンバーが関わっていた「Sister Midnight」という団体によるキャンペーンがあります。彼女らは南ロンドンの元々パブだった建物を買い取って、コミュニティ・スペース兼リハーサル・スペース兼ベニューとして再建するためのファンディング・キャンペーンを行いました。ラフ・トレードやベガーズもサポートしたそのキャンペーンは、最終的に50万ポンド近いお金を集めました。結局、そのパブを買収することはできなかったのですが、その資金を元手に、同様の目的を果たせるスペースを今探していると聞いています。


「Sister Midnight」ホームページより引用


「Sister Midnight」ファンドレイジング企画でライブを行うゴート・ガール

─パンデミックの期間には、ブラック・ミディとブラック・カントリー・ニュー・ロードが組んで、ライブハウス「ウィンドミル」へのファンディングのための配信ライブを行い、日本でも話題になりました。

トム:ブラック・ミディも良い例です。彼らは今やブリクストンやサウス・イースト・ロンドンのシーンの盛り上がりの中心的存在ですが、ブレイク前にはあちこちのベニューに「ライブをさせて欲しい」とメールをしても、誰からも返事をもらえませんでした。そんななか唯一返信をくれたのがウインドミルのブッキング担当であるティムで、彼のおかげでブラック・ミディはウインドミルで毎晩のようにライブをして成長することができたんです。ウインドミルはバスに乗っていかないと辿り着けないような、非常に不便なところにあるのですが、ティムの人柄のおかげで様々なバンドが集まって、シーンとして発展していったのです。

─その恩返しをしたということですね。

トム:そうですね。また、ブラック・ミディの成功の根っこには、彼らの7インチ・シングルを最初にリリースした7インチ専門レーベル「スピーディー・ワンダーグラウンド」と、そのオーナーのダン・キャリーという素晴らしいプロデューサーの存在も欠かせません。スピーディー・ワンダーグラウンドによるレコードのディストリビューションと、ウインドミルでのライブという二つの力があいまって、オンラインのマーケティングとは違うパワーが生まれたことが大きかったのだと思います。


「Black Midi, New Road」ウィンドミルでのライブ映像

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