ラフ・トレードに学ぶ「音楽の仕事」の現在地、UK名門のレーベル運営論

アーティストのサスティナビリティを支援する

─現在ラフ・トレードとして、どういう音楽を紹介したいのか。そして、それが今までのラフ・トレードの歴史とどう関係があるのか。ということについて教えてもらえますか? 例えば、ラフ・トレードの歴史を継承したいと思うのか、あるいは新しい色を出して行きたいのか。

トム:やっぱり音楽を聴いたり、パフォーマンスを見たときに、「これは絶対に世に出さなくてはいけない」という感動をもたらしてくれる人たちを今後も紹介していきたいですね。ギターの音や声を聴いた瞬間に、「その人たちと一緒に仕事をしたい」「一緒にいたい」「未来を信じられる」と思えるか、という目線で常に考えていますし、ラフ・トレードの歴史のどの瞬間においても、同じ観点からリリースするアーティストを決めてきたのだと思います。アーティストとしての明確な「声」を持っている人。それを恐れずに堂々と主張できること。あるいは「声」は静かでも、それをパフォーマンスや音楽を通じてきちんと表現できる、もしくは表現がとてもユニークであること。それを体現してくれる人たちをわたしたちは大事にしています。わたしたちはオルタナティブ・レーベルであって、コマーシャル・レーベルではありませんので、みんなが受け入れやすいものではなく、スタイルやジャンルを問わず、それまで誰も語ることなかった物語や、誰にも聞かれなかった音楽を世に出し、世の中の音楽というものに対する期待を上回る体験を提供していきたいと考えています。

─ヒップホップにチャレンジするといった可能性もある、と。

トム:そうですね。ラフ・トレードにラップアーティストはこれまであまりいませんでしたが、プリンセス・ノキアというアーティストと以前契約をしました。その際にはちょっとした反感と言いますか、「ラフ・トレードがラップ?」みたいな反応もあったのですが、プリンセス・ノキアは無二のメッセージと声を持った素晴らしいアーティストですから、ラフ・トレードにとっても特別な存在だったと思います。



─ミュージシャンのデビューをサポートすることはレーベルの重要な仕事ではありますが、その一方で、売れなければアーティストは平然と契約を切られてしまいますよね。つまり、一般論としてですが、これまでの音楽業界はアーティストのキャリアをサステナブルなものにするためのサポートはあまりしてこなかったようにも感じます。そうしたなかでも、ラフ・トレードは長く契約しているアーティストが多い印象もありますが、アーティストのキャリアをきちんと持続させるという点については、どのようにお考えですか?

トム:とても大事な話だと思います。忘れてはいけないのは、レーベルがアーティストと契約を結ぶのは、ヒット曲をつくって儲けるためではなく、アーティストの才能を信じ、彼ら/彼女らのキャリアのレガシーをつくるためなのだということです。アーティストの成長を見届けたいと思うから契約をするわけです。その観点から言えば、レーベルの仕事は、長年に渡って彼ら/彼女らの音楽を愛してくれるファンを見つけだし、しっかりしたファンベースをつくることが、アーティストのサステナビリティには不可欠です。アーティストの世界観をしっかりとつくりあげること。ファンベースをつくること。そのためのマーケティングとプロモーションの基盤を提供すること。レーベルの役割はそこにあるのだと思います。そうやって10年や20年、ずっと一緒にやっていける関係を構築していきたいと考えています。


初期ラフ・トレードを支えたスクリッティ・ポリッティは、現在もレーベルに在籍。2022年には代表作『Cupid & Psyche 85』『Anomie & Bonhomie』のリイシューも実現した。

─近年はインターネットのおかげで、ディストリビューションからマーケティングまで、ミュージシャン自身が自分たちでできることの幅が広がっていますし、徐々にではありますが、自分たちでマネタイズするための選択肢も増え、レーベルとアーティストのパワーバランスも従来のそれとは変わりつつあります。以前であれば、レーベルと契約しなかったら、どこにも出口はなく、言うなれば世に出るための「蛇口」をレコード会社やレーベルが握っていたわけですよね。けれども、アーティストの自由度が高まっていけばいくほど、以前のようにレーベルがアーティストを思いのままにコントロールすることが困難になってきているように感じますが、どうお考えですか?

トム:パワーバランスが変わって、アーティストに選択肢が増えたことは、とても良いことだと思います。アーティストが自分で音楽をリリースし、それにアクセスするための間口が広がることでアーティスト自身が直接ファンとコミュニケーションし、ミュニティをつくることもできるようになりました。とはいえ、全体としては、その恩恵によってお金を稼げている人は、そこまで多くないのも現実だと思います。音楽で金銭面も含めて成功できるのは、実際にはトップの数%のアーティストだけでしょう。そのギャップの部分に、まだレーベルが役立てる場所があるはずです。アーティストの自由度が広がっているなか、それでもわたしたちと契約したいというアーティストがいるということが、わたしたちが一生懸命働くことで、個人では実現できないことをレーベルとして提供できていることの、ひとつの表れなのだと思っています。


左から若林恵、小熊俊哉、トム・トラヴィス

バンドをビジネスにするために

─例えば、新人アーティストによくあることだそうですが、レーベルとの契約の際に、ミュージシャンにとって不利な条件にサインをしてしまうことが少なからずあると、日本でもよく聞きます。似たような話はきっと世界中にあるのだとは思いますが、とりわけ日本は、身近なところに弁護士がいない環境ですし、契約にあたってまず弁護士に相談するといったことも習慣化されていないように思えるのですが、イギリスの場合はいかがでしょう? 例えば、法務について気軽に相談できる人がミュージシャンの近くにいたりするのでしょうか?

トム:イギリスは今のお話のような状況と比べたら、良い環境だとは思います。マネージャーもいない新人バンドが契約をする場合でも、ほとんどの会社において、バンドに弁護士がつくまでは契約が進まないのが基本になっています。ラフ・トレードでも、アルバムの契約にあたっては必ず弁護士が必要となります。7インチや1回限りのシングルといった場合では、弁護士を立てないケースもありますが。加えて、イギリスには無償でサービスを提供している弁護士もたくさんいます。

─そうなんですね。

トム:新人バンドの多くはたしかに、法的なことは何もわからないことは多いのですが、弁護士の側からすれば、そうしたバンドも、成功すればお金になりますので、投資的な意味も込めてカジュアルに無償サービスを提供しています。英国では、バンドがビジネスを始める際、マネージャーやエージェントを雇う前に、最初に弁護士を雇うケースはよくあります。これは、弁護士は、マネージャーやエージェントと比べるとコミットメントのレベルが低いので、いつでも変えることができる気安さがあるということでもあります。

─面白いです。契約について言いますと、以前ラフ・トレードが出来た頃、レコードの利益をアーティストとレーベルで50:50で分配するという契約が、当時のインディー・シーンでは画期的で、その後、他のレーベルでも取り入れられたという話を読んだことがあるのですが、現在はいかがでしょう?

トム:現在では、アーティストが選べるかたちになっています。50:50の契約がよければそれも選べますし、ロイヤリティ・ベースのディール契約が良ければ、それも選べる。アーティストの活動次第で、支出の予算も変わってきますので、アーティストによってはロイヤリティ契約の方が有利なときもありますので、どちらがいいかは時と場合によります。いずれにせよ、お互いにとって健全な関係を持続させ、アーティストもわたしたちも、ともにハッピーな環境をつくるのが原則です。

─ちなみにですが、バンドが事業体として安定的に活動していくために最低限必要なチームの機能について教えていただいてもいいですか?

トム:基本的にはマネージャーとの関係がアーティストにとっては一番大事ですね。ついで、弁護士、ライブのブッキングをするライブエージェントが必要で、あとは経理ですね。それがまずは最低限必要な機能だと思います。いきなり誰かをフルタイムで雇用してしまうと高くつきますので、それ以外の機能については、誰を雇ってチームに入れるのが良いのかはアーティストやバンドによって変わってきます。

─ほかにはどんな機能が必要ですか?

トム:レーベルのパートナー、パブリッシャー、それからライセンスのシンク、それから例えば、ムービー・エージェントなども必要になってきます。さらにツアーマネージャーやミュージカル・ディレクター、プロダクションデザイナー、セットデザイナー、ドライバーも必要です。それから照明担当、グッズ販売担当、グッズをデザインするグラフィック・アーティストにライブ・プロデューサー。作品面では、マスタリングやミキシングのエンジニアみたいな人たちも必要ですが、その辺になってきますとチームの一員として雇用するというよりは、プロジェクトごとに発注する場合も多くあります。

─なるほど。まさにチーム=事業主という感じなんですね。勉強になります。最後になりますが、ようやく海外への渡航も自由度が増してきて、ロンドンに行ったりする読者も増えてくるかと思いますので、ロンドン内外でいま注目している、おすすめのベニューなどがありましたら、ぜひ教えてください。

トム:リヴァプールのバーキンヘッドに新しく出来た「フューチャー・ヤード」という施設は面白そうで注目していますが、ロンドンで言えば、面白いベニューは「ヴィレッジ・アンダーグラウンド」「MOT」「トータル・リフレッシュメント・センター」でしょうか。あと「ペッカム・オーディオ」も素晴らしいベニューですが、新しいイキのいいバンドを探すときは、他のバンドに情報を教えてもらうのがベストですね。


フューチャー・ヤードの紹介映像


ペッカム・オーディオの公式ホームページより引用

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