ラフ・トレードに学ぶ「音楽の仕事」の現在地、UK名門のレーベル運営論

音楽の仕事を開くこと

─以前ロンドンで音楽関係者を取材させていただいたことがあるのですが、そこで感心したのは、ベニュー、録音・リハーサルスタジオ、エンジニア、レーベル、メディア、あるいは行政関係者といった人びとが非常に柔軟なエコシステムを形成していて、そのなかでの「受け渡し」がすごく上手だということです。自分たちだけでバンドのすべてを管理しますという感じがなくて、エコシステム全体でアーティストやバンドを育てていくということが、すごくうまく機能している印象を受けました。

トム:基本的な理解はその通りだとは思いますが、イギリスの音楽業界にもまだまだ障壁があります。特に新人にとっては、入って来づらい環境であるのは長らく問題ですし、さらにパンデミックの影響で業界内のさまざまな人材が減ってしまったことも大きな問題です。先ほども話したように会場も減っていて、さらにエンジニアも職を失っており、人材不足は深刻になっています。これはイギリス全体に共通する問題で、わたしたちの業界だけの話ではありません。

─何か打ち手はあるのでしょうか?

トム:資金面のサポートを増やすことはまず重要ですし、また、若い人たちに向けて、音楽の世界で働くことのベネフィットをきちんと説明し、教育していくことも重要だと思います。最近ベガーズ・グループが参加したキャンペーンのひとつは、いまお話したゴート・ガールの件とも似ていますが、昔暴動があったトッテナムの通りにあるバーを改装して「ニュー・リヴァー・スタジオ」というリハーサル・ルーム兼ライブ・スペースをつくるというものでした。ここは、若いアーティストたちがライブができるだけでなく、音楽の仕事に携わりたい人たちが、社会に出る前に体験・訓練することのできる場でもあります。レーベルとしては、今後もこういったキャンペーンに積極的に参加して、さまざまな人に対する支援を広げていきたいと考えています。


ニュー・リヴァー・スタジオ(Facebookページより引用)


ニュー・リヴァー・スタジオでのライブ映像

─以前、ロンドンの「ポップ・ブリクストン」というインターネット・ラジオ局のオーナーと話す機会があったのですが、そこでは学校からドロップアウトした高校生をインターンとして働かせていまして、そこからレーベルに就職した人も出ているとのことでした。「やりがい搾取」という批判も可能ではありますが、そういったかたちで、レーベルの仕事やエンジニア、ラジオ局やメディアなど、必ずしもミュージシャンに限らない、音楽業界に入っていくための訓練やインターンシップのための場所があるのはいいなと思ったんですが、こうした場所は結構あるんでしょうか?

トム:特に昔はインターンシップが多かったですね。ただ、基本的にはタダ働きなので、ある種の「搾取」になってしまう可能性は常にありますし、また、当時のインターンシップは、金銭的に余裕がある裕福な家庭の子らしか参加できない、とても排他的なものでもありました。最近ではそうしたシステムもだいぶ変わりつつありますが、ただ、システムが複雑になった面もあり、簡単に採用できなくなったことでインターンの口は全体に減ってしまっています。

─ラフ・トレードやベガーズでもそうした制度はあるのでしょうか?

トム:ベガーズもパンデミック後にインターンシップに関する新たな方針を打ち出し、新たなプログラムでは1人につき6カ月間のインターンシップを受けています。その6カ月の間はひと月毎に部署を異動していくこととなります。各部署に参加している間は、意思決定のプロセスに参加することもできますし、自分の意見を言うこともできます。ラジオ担当の部署にいる間は、ミュージシャンとともにラジオのセッションに同行したりもします。さまざまな部署を回ることで、自分に合った業界への入り口を見つける手助けをしようというプログラムになっています。

─いいですね。参加したいくらいです(笑)。かつてのインターン制度は一部の特権的な人たちしか参加できないものだったというお話がありましたが、コロナ以降のイギリスの音楽業界は、いわゆる「インクルージョン」をめぐって果敢に取り組んできた印象があります。例えば、レーベルのYoungは、ヤング・タークスというレーベル名を、やはりコロナ期間中に名称を現在のものに変えました。音楽業界全体において、男性中心的な部分や白人中心的な部分についての配慮が必要だということが大きなコンセンサスになっているように感じますが、その辺りの変化について教えてもらえますでしょうか。

トム:やはり最大のきっかけは、コロナ期間中にジョージ・フロイドの事件があったことだと思います。通常こうした変化は時間をかけて起きるものだと思いますが、あの事件によってみんなの認識が大きく変わり、多様な会話が生まれるようになりました。ベガーズの中にも、社内のスタッフに向けたインクルージョン、ダイバーシティ、ウェルビーイングに関する委員会ができました。まだまだ解決すべきことは多いですが、こういった部分を丁寧にケアをしていくというアプローチはたしかに見られます。

─例えば、ラフ・トレードがこれまで契約してきたバンドについて、統計があるかは分からないですが、やはり男性と白人の比率が圧倒的に多いのではないかという気がします。その歴史自体を否定するかどうかは置いておくとして、例えば、今後契約するバンドについて、女性や有色人種の比率を増やした方が良いんじゃないか、といった議論は社内で起きたりしますか?

トム:インクルージョンについての話し合いは社内で常にしていますが、わたしたちが契約をするバンドについては、「自分たちが大好きなバンドであるかどうか」が基準のすべてです。「その音楽にどれだけ感情を揺さぶられるか」ということを唯一の物差しに決めています。インクルージョンはもちろん大切ですし、最近契約したバンドの中には、かなり多様性のあるバンドもいますので、自然とその辺も反映されているとは思いますが、音楽第一という点は変わっていません。


ニューオリンズ拠点のスペシャル・インタレストは、クィア・パンク/ブラック・パンクの今を象徴する存在。2022年の最新作『Endure』は各媒体の年間ベストアルバムに多数選出された。

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