ホセ・ジェイムズ、エリカ・バドゥを語る「ここ25年のジャズにとって最重要人物」

アリス・コルトレーンと共振、スピリチュアルな側面

―ここからは個別の曲について聞かせてください。「On&On」はどんなことを考えてアレンジしたんでしょうか?

ホセ:エリカの音楽のなかにあるジャズの部分って前面に出ているわけじゃないんだよね。例えば、ハーモニーとはメロディはジャズ的なんだけど、そのジャズっぽさは隠されている。でも、ところどころに隙間があって、僕らにはその先にジャズの光があるのが見えている。僕としては、その隙間を押し広げてぐっと中に入っていったような感覚だね。彼女の音楽の中に入り込んで、コンセプトを拡張しようと試みている。

そうやって拡張しようとする際に、アリス・コルトレーンの音楽がエリカとのリンクになった。アリスはグレイト・マザーみたいな存在。世界中のいろんな音楽を取り入れながらも、その核にはブラックチャーチがあったり、黒人由来のリズムがあったりする。アリスの音楽は僕にとっての完璧な表現なんだ。しかも、70年代のアリスの作品にはファンクのビートがあったりして、ヒップホップを感じることも少なくない。僕はアリスの音楽を聴きながら、エリカの音楽を取り上げる中で、J・ディラがやったようにヒップホップ的な発想で様々な要素を一つにまとめることができないかなって考えたんだ。

エリカとアリスのリンクという意味では、スピリチュアルな部分が共通しているような感じた。だから、(ジョン・コルトレーンの)『A Love Supreme』の「Acknowledgement」のような「ここからスピリチュアルな旅が始まる」って雰囲気で曲が始まって、そのイントロの後にビートがドンって鳴ってから次の展開にいく流れを思い付いた。そして、それはコルトレーンからヒップホップまでを演奏できる多様性を持った、僕らのバンドだからこそできることなんだよね。



左からホセ・ジェイムス『On&On』、アリス・コルトレーン『Journey in Satchidananda』(1971年)

―スピリチュアルな要素は「The Healer」にも強く感じました。

バリ島に旅行に行ったときにスティール・タム・ドラムを買ったんだけど、そのキーが「The Healer」の原曲とたまたま同じだって気付いたから使ってみたんだ。それにチベットのシンギングボウルも使っている。さっき言ったように、アリス・コルトレーンは世界中の色んなものを取り入れた音楽を作っていた。僕のバージョンにはシンセも入っているけど、世界中のオーガニックな楽器を使うことで、意識の深いレイヤーまで潜ったような3D的なサウンドによって、アリスやエリカに通じるスピリチュアル性を表現しようとした。あと、「The Healer」の原曲はマッドリブが手掛けているとおもうんだけど、あの曲では日本語の曲(ヤマスキ・シンガーズ「Kono Samourai」)をサンプリングしているんだよね。僕らはサンプリングに頼るのではなく、生楽器に戻すような感覚でスティール・タム・ドラムやシンギングボウルを使って、あの曲のフィーリングを表現しようとしたんだ。





―実際、エリカはスピリチュアルな人みたいですよね。キャンドルを灯して、お香を焚いて、メディテーションをしているというのをよく語っていますし、彼女のライブを観たときもすごくスピリチュアルな要素を感じました。そこはエリカを語るうえで欠かせない要素なのに、本人のアルバムにはそこまで出ていない。その部分にフォーカスしたというのは慧眼だと思います。

ホセ:エリカはドゥーラ(出産に立ち会い、妊婦をサポートする仕事。助産婦とは違い医療行為はしないのが特徴)の仕事もしているしね。彼女はブラック・コミュニティの女性に対してのメンタルヘルス、もしくはスピリチュアルヘルスみたいなことへの意識がある人で、それは彼女の音楽にも表れていると僕はずっと感じていた。自分を大切にすること、相手を大切にすること、そして地球を大切にすること。エリカがやっていることは、そういうところに通じているんじゃないかなって思うよ。

―あと、「Green Eyes」は原曲もかなりジャズ色の濃い曲です。

ホセ:「Green Eyes」は組曲的な構成なんだけど、それを自然発生的な演奏によって一曲になるようなアプローチを試みた。楽曲としてかなり複雑だけど、敢えて直感的にそのシーンに役者をぶち込んで、とりあえずその役者がどんな演技をするのか見てみようって感じで、監督的なマインドでミュージシャンの演奏に委ねた感じだったね。BIGYUKIはアメリカではストレートアヘッドなジャズプレイヤーとして認識されていないんだけど、僕は彼がそういう演奏ができるのを知ってるし、この曲のコンテクストにはぴったりだと思っていた。

「Green Eyes」って1920年代から現代にいたるまでの黒人音楽の歴史が網羅されたような曲だと思う。最初は外からものを見ている感覚で「私は野菜をたくさん食べるから目がグリーンなんだ」みたいに冗談っぽく話しているんだけど、組曲の第3楽章まで進むとエリカの心の中にまでぐっと入り込んで行く。そのストーリーをバンドの生演奏で追うように演奏したんだ。だから、ほぼワンテイクで録った。そして、ポストプロダクションの段階でもっと開放的にするためにチャレンジをした。そこではハービー・ハンコックが70年代にワーナーブラザースからリリースしたサウンドがインスピレーションになっている。BIGYUKIにウーリッツァーやフェンダーローズを弾き分けてもらって、わかる人にはわかるような繊細なサウンドを作ったんだ。





―たしかにワーナー期ハンコックはサイケデリックでスピリチュアルなので、エリカに通じる部分があるかもしれないですね。ところで、近作のあなたの作品はアナログ機材でのテープ録音を採用したり、録音やミックスへのこだわりが強いのが特徴になっていますが、本作ではどうですか?

ホセ:『Merry Christmas from José James』(2021年)と同じスタジオ(Dreamland Studios)で録音している。フリート・フォクシーズやレジーナ・スペクターなど、インディーロック系のアーティストに好まれているスタジオで、全てをアナログ機材でレコーディングできるところが気に入ってる。アナログ・レコーディングは楽器本来の音をどれだけ輝かせることができるかってところが重要なんだよね。例えば、ダーティーな音のピアノがほしいと思ったら、それを再現するために音をいじるんじゃなくて、ダーティーなサウンドを鳴らすことができるピアノを持ってきて、それをきちんとダーティーに鳴らさなきゃいけない。

「Green Eyes」の第2章の部分のサックスはアムステルダムで録ったんだけど、これは自分がマニピュレートしながら録音した。「The Healer」でのエバン・ドーシーのサックスにかかってるフェイザーはリアルタイムでかけている。ドラムも通常のスネアと、ディレイがかかるスネアの両方を用意した。後からディレイをかけるんじゃなくて、リアルタイムでそれを叩ける楽器を用意したんだ。ほとんどのプロセスをリアルタイムで行って、それをテープにレコーディングしたってこと。今の僕が重視しているのは、その瞬間をいかにとらえるかってことなんだ。それは別の言葉で言えば、50年代のジャズのスピリットってことだと思う。『A Love Supreme』や『Kind of Blue』はたった3時間で作られたけど、今は1週間や1カ月かけてアルバムを作るのが当たり前になっている。でも、僕はその瞬間に何ができるかってことにこだわりたいんだ。




ホセ・ジェイムズ
『On & On | オン&オン~トリビュート・トゥ・エリカ・バドゥ』
発売中
詳細:https://www.universal-music.co.jp/jose-james/

Translated by Kyoko Maruyama

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