Dirty Hit新鋭サヤ・グレーが語る、白人でも日本人でもない「はぐれ者」という感覚

 
孤独から生まれた「私の世界」

—もともとはベーシストとして活躍してきたわけですよね。音楽一家に生まれ、楽器に囲まれた環境で育ってきたなかで、自分の楽器としてベースを選んだ理由は?

サヤ:ベースは全ての土台となる楽器だから好きなんです。低音は曲がもつエネルギーや方向性を操り、曲の出来を左右する空間的な力を持っている。子どもの頃はシャイで寡黙だったから、ベースのそういう力に憧れたのかもしれない。



—好きなベーシストは誰ですか。

サヤ:たくさんいますね。ジャコ・パストリアス、エスペランサ・スポルディング、マーカス・ミラー、ヴィクター・ウッテン、デリック・ホッジとか。

—みんなジャズの人ですね。

サヤ:そうなんです。

—その一方で、『19 MASTERS』はよくあるベーシストのソロ作とはまったく違いますよね。そういうアルバムを作ろうと思った理由は?

サヤ:今回のアルバムはとてもエモーショナルな作品です。ツアー中に作ったというのもあり、ほぼ毎日ベースを弾いていたから、ここではギター、ピアノ、琴、三味線といったベース以外の楽器にトライしました。あとは、私にとってベースはメインの楽器だから、表現するうえでどうしてもエモーションが優先される。だから、ベースでどうやってテクスチャーを作るかについても考えました。ギターのように聴こえる演奏が多いと思われるかもしれないけど、実はベースでわざとギターのように演奏したりしてるんです。


Photo by Kazushi Toyota

—アルバムは「私の世界へようこそ」という日本語のモノローグで始まりますよね。これはお母さんの声とのことですが、なぜこの言葉を入れることにしたんですか。

サヤ:私は日常のなかで、よく家族との会話を録音しているんです。とくに夕食の時間とか。このフレーズも普段の会話で母から発せられた言葉で、アルバムに入っている会話も、そういった日常の記録からきたもの。日頃の会話で、心に引っかかった言葉を曲に取り入れたりしています。

—サヤさんは「私の世界」として、どんな世界を表現しようと思ったのでしょう?

サヤ:アルバムのビジュアルみたいな感じで、誰とも共有してこなかった感情や言葉が、プラスチックのボックスみたいに消化されないまま、ずっと心の中に残っていたんです。今回のアルバムでは、それらを具体化させたかった。不当な扱いから生まれた憎しみや怒りをうまく消化できないことが、きっと誰しもあるはず。それをピースフルなかたちで昇華し、そして代弁したかった。それからアルバムを通じて、今まで閉じ込めていた「私の世界」を、みんなと共有したいと思ったんです。



—このアルバムには孤独感や虚無感に近いけど、どう呼んでいいのかわからないフィーリングがあると思うんですよね。自分もそこに強く惹かれるものを感じたのですが、この感覚はどこからやってきたのでしょう?

サヤ:トロントで日本とカナダのルーツを持って生まれ育ってきたなかで、白人でも日本人でもない「はぐれ者」という感覚、他人には理解しがたい経験、周囲から「日本人女性ベーシスト」と定義されることの抑圧に、ずっと精神的苦痛を感じていたんですよね。SNSでの過剰な露出の影響で、メンタルの問題を抱えているアーティストが多く存在すると思いますが、私にとって音楽はそのような苦痛のはけ口であり、苦痛を解消するためのダイレクトな手段なんです。それに、孤独を感じている人々と境遇を共有し、音楽で彼らを救うことだってできるかもしれない。

—アルバム全体のサウンド面について、トライしたかったことは?

サヤ:正直、その点については特に考えてなかったです。ただ、制作時にはあえて情報を遮断していました。それは、自分のなかから純粋に生まれるものに集中したかったから。私はカメレオンみたいに、他人に馴染ませるのが上手な一面もあるから、その点については特に注意を払う必要があったんです。周囲の影響を受けずに自分と向き合うために、わざと孤独な時間をつくっていました。

—曲の構造的には、いわゆるポップソングというより、もっと断片的というか直感的に作られていそうな印象を受けました。

サヤ:まさに、コラージュのように曲を作っています。短時間で思い浮かんだいろんなアイデア——小さなかけらのようなイメージですが、それらを組み合わせていく。他には、例えば夜に作ったものを朝に聞き返してみたりとか。新鮮な状態で向き合うために、一旦頭をブラックアウトさせるんです。



—歌声と演奏のどちらもハーモニーが美しくて、そこにも心が動かされました。

サヤ:そのあたりはジャズやR&Bからの影響が大きいですね。10代のときに教会で演奏した経験もあって、ジャズ、クラシック、ゴスペルにかなり影響を受けていますし、父が共演していたアレサ・フランクリンの影響もあると思います。10代の経験というのは人生において大きいですから。母は練習に厳しかったから、私や弟(※)は熱心に練習したんです。今となっては感謝しているけど、当時は本当に辛かった(笑)。

—フォーキーな歌唱やサウンドも魅力的だと思いましたが、フォークというのは念頭にありましたか?

サヤ:その影響はどこから来たのかわからないんです。フォークミュージックは聴いてこなかったですし、私の育ってきた環境のなかにはなかった音楽なので。もしかしてニルヴァーナかも。フィンガーピッキングのスタイルがフォークを連想させるのかもしれません。

Translated by Miho Haraguchi, Natsumi Ueda

 
 
 
 

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