狂気の神、フィル・ティペット監督が語る「創作論」

「飼い猫のブライアンに連れられて溶岩をくぐり抜けて、地球の核まで行った」

ー書籍『Mad Dreams and Monsters』で、あなたは10〜12歳ぐらいの頃にヒエロニムス・ボッシュの世界観を映画化したいと考えたと語っています。『マッドゴッド』のダークで奇妙なイメージは三連祭壇画『快楽の園』(1510年)の“4枚目”と呼んで過言でないものだし、ボッシュから影響を受けたといわれるブリューゲルの絵で有名なバベルの塔も劇中には登場しますが、少年時代の夢が叶ったといえるでしょうか?

うん、まったくその通りだよ! 最初から絵を描くパレットはあったけど、何をどう描くかが問題だったんだ。どの方角に進んでいくか悩んだとき、『マッドゴッド』というタイトルが方位磁針になった。この作品に意味を持たせるためいろいろ試行錯誤して、聖書のレビ記からの引用と、ベルリオーズ作曲の『レクイエム』に辿り着いたんだ。それを『マッドゴッド』全体を定義するシーンとして、最初に持ってくることにした。それですべてがまとまって、意味をなすものになったんだ。ネットで検索して、お土産店で売られているような3インチぐらいのバベルの塔を見つけた。それを撮影して、ストップモーションのキャラクターをデジタルで嵌め込んだ。このシーンは最後に撮影したんだ。ロマン・ポランスキーの『チャイナタウン』(1974年)みたいなものだよ。あの映画は撮影が始まっているのにエンディングが決まっていなかった。だけどギリギリで決定したことで、現在我々が観ることの出来る傑作になったんだ。


ー長い年月をかけて作った映画ということもあり、使えなかったアイデアやカットしなければならなかったシーンも多かったのではないでしょうか?

私は何でも溜め込むタイプの人間なんだ。何も捨てることがないんだよ。だから今回使わなかったアイデアでも、次の作品で使うものがあるかも知れない。『マッドゴッド』では随所で、他の映画作家の作品とチャンネリングしているんだ。「この作家だったらどうするだろう?」ってね。例えば映画のラストに、カッコー時計が出てくる。「グルーチョ・マルクスだったらこのストーリーにどうやって意味を持たせるだろう?」と考えたとき、きっとカッコー時計を出すに違いない!と確信したんだ(笑)。それに刺激的な描写の続く作品だから、癒やしのあるエンディングにしたかった。それでダン・ウールが書いたスローなヨーデル調の曲から、カール・オルフの曲(『ムジカ・ポエティカ』の「Gassenhauer」)に繋がっていくようにしたんだ。『地獄の逃避行』(1973年)でも使われている曲で、いつか自分が映画を作るときが来たらエンド・タイトルに使うと心に決めていたんだ。



ーViceのドキュメンタリー『Meet the Animator Behind Star Wars and Jurassic Park』(2015年)はあなたが『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』(1983年)を作っているときLSDをやったという話から始まります。『マッドゴッド』のイメージでドラッグ体験から生まれたものはありますか?

ないね。LSDをやったのはその一度だけだったんだ。『スター・ウォーズ』も3作目になると、さすがに疲れが出てきた。学ぶことは多かったけど、高校に3年いるような気分になったんだ。『ジェダイの帰還』撮影の最後の方、友人がカリフォルニアに遊びに来て、帰った後にLSDを置き忘れていった。私はバカンスに出かけたかったけど、まだ作業が終わっていないから、せめて脳内でトリップをすることにしたんだ。ビデオカメラを設置して、自分がどうなるのか録画してみたよ(笑)。初心者が犯しがちなミスだけど、1枚舐めて15分ぐらいして「あれ、効かないなあ」と思って、もう1枚、さらにもう1枚舐めたんだ。そうしたらドカーン!となった。部屋の壁の絵画や彫刻が話しかけてきたし、当時一緒に暮らしていた飼い猫のブライアンに連れられて溶岩をくぐり抜けて、地球の核まで行ったんだ。静かで音のない世界で、至福に満ちていたよ。しばらくして効果が抜けてきて、部屋の扉を開けたら、壁が血塗られたように真っ赤だった。ビックリしたね。それから何年かして、友人のアダム・サヴェッジと話していたんだ。彼はLSDでバッド・トリップをしたと言っていた。ティモシー・リアリーもLSDをやるときは素面の人に付き添ってもらうことを勧めていたけど、私はバッドに陥ることがなかった。ラッキーだったんだな。確かに人生を変えるような経験だった。でもそれっきりLSDはやっていないし、『マッドゴッド』への影響はないよ。


『マッドゴッド』©2021 Tippett Studio

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