ハリー・スタイルズ独占取材 世界的ポップアイコンが怒涛の一年を語る

2本の新作映画とセクシュアリティ

スタイルズが初めて主役を演じたのは、彼が4歳のときだった。記念すべき初主演作は、『Barney the Church Man』という芝居だ。その後、『チキ・チキ・バン・バン』を上演した学芸会でバズ・ライトイヤーを演じた。理由は、「玩具店にたまたまバズ・ライトイヤーがあったから」。このほかにも、『ダウンタウン物語』のラズマタズ役(ギャングのリーダー)やエルヴィスの衣装で有名な『ヨセフ・アンド・ザ・アメージング・テクニカラー・ドリームコート』のファラオ役といった役柄を演じている(のちにバズ・ラーマン監督の映画『エルヴィス』のタイトルロールのオーディションを受けるが、「彼はすでにハリー・スタイルズというアイコンだから」と監督に断られた)。

幼少期の活躍はさておき、スタイルズの人生設計に俳優という選択肢はなかったようだ。演技をするのは好きだったが、White Eskimoというバンドを結成したことで音楽が与えてくれる高揚感を知った。バンドがデビューを果たし、対バン形式のイベントで優勝すると、初めて「スイッチが入る」のを感じたと言う。学校の教師たちからも注目された。「ただの目立ちたがり屋だったのかも」と、はにかみながら話す。「過去形で言ったけどね」

2017年、ソロ・デビューアルバム『Harry Styles』のリリースに向けて準備をしていたスタイルズは、俳優としてスクリーンデビューを果たした。クリストファー・ノーラン監督の映画『ダンケルク』(2017年)に出演したのだ(ノーラン監督は、配役の際にスタイルズがどれほどの有名人であるかをまったく知らなかったと言う)。マーベル・スタジオがエロス役にスタイルズを抜擢した頃には、彼以外は考えられないとクロエ・ジャオ監督に言わしめるほどの存在感を確立していた。『エターナルズ』のサノスの弟エロスは、原作コミックの中ではサノスより英雄的な、銀河のプレイボーイとして描かれている。超人的能力の持ち主であるエロスは、人々の心を操ることができる(地球でもっともホットなポップスターにふさわしい役だ)。マーベル・スタジオのケヴィン・ファイギ社長は、スタイルズの今後に出演ついて先日コメントしたが、いまのところ『エターナルズ』のスタイルズの出演シーンは、ピップ役のパットン・オズワルトがナレーションを務めるポストクレジットしか確認されていない。「あれで終わりだったら、笑っちゃうよね」と、スタイルズはカメオ出演についてジョークを飛ばした。

『ダンケルク』に出演したスタイルズは、『ドント・ウォーリー・ダーリン』に取り組みはじめたワイルドの目に留まった。ほどなくしてスタイルズは、フローレンス・ピュー扮するアリスの魅惑的だけど秘密主義の夫ジャックの候補者のひとりとなった。ワイルドにとって長編2作目となる『ドント・ウォーリー・ダーリン』にスタイルズが興味を持つ理由は無数にあった。ワイルドの初監督作『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』(2020年)の成功を機に、18社もの映画スタジオが『ドント・ウォーリー・ダーリン』をめぐって競り合っていたのだから。


映画『ドント・ウォーリー・ダーリン』大ヒット上映中

コロナ禍以前に行われたスタイルズと『ドント・ウォーリー・ダーリン』の製作陣の話し合いは、大した成果を得られないまま終わった。というのも、2020年のスタイルズのスケジュールの大半はグローバルツアーで埋まっていたのだ。そこで、彼の代わりにシャイア・ラブーフが抜擢された。だが、夏が終わる頃にラブーフは降板した。現場での態度の悪さを理由に、監督によって降ろされたと報じられている。

「また演技がしたかった」とスタイルズは話す。パンデミック中は、コラボレーターでもある友人たちと一緒に自宅でいろんな映画を鑑賞した。ベルギーのドラマ映画『オーバー・ザ・ブルースカイ』(2012年/日本公開は2014年)などのお気に入りを何度も観た。ある夜は、帽子の中から無作為に選ばれた作品を楽しんだ(「みんな好みがバラバラだったから。『パラサイト 半地下の家族』から『コヨーテ・アグリー』にいたるまで、いろんなジャンルが混ざっていた」)。

『ドント・ウォーリー・ダーリン』の撮影がはじまる1カ月前にスタイルズがラブーフの代わりを務めることが発表された。ジャックはまさにハマり役だった。ジャックは、妻アリスを連れて「ヴィクトリー」というアメリカの架空の辺境の街にやってくる。そこで暮らす夫たちは、妻にも言えない秘密のプロジェクトに携わっていた。ジャックは従業員の中でもスター的な存在となり、上司に認めてもらおうと必死だ。「温かみと確固たる魅力を併せ持つ役者が必要でした」とワイルドは話す。「観客がジャックを信じること。物語は、すべてここにかかっているのです」


今年3月、ロンドンを散策するハリー・スタイルズとオリヴィア・ワイルド(Photo by NEIL MOCKFORD/GC IMAGES)

『ドント・ウォーリー・ダーリン』の撮影は、2020年9月から2021年2月にかけてロサンゼルスとパーム・スプリングスで行われた。スタイルズにとってひとつの場所で長期間暮らすのは、11年ぶりのことだった。撮影中は、いっそのこと社会とのつながりを断ち切ろうかとも考えた。ガラケーにして、音楽づくりもやめる。「でも、実際は初日に現場を訪れて、一日の75%を待つことに費やさないといけない」と話す。だから「やっぱり、友達にメールしよう、と思った」

当初は、フローレンス・ピューやジェンマ・チャン、ニック・クロールといったそうそうたる俳優たちとの共演に不安を抱いた。「音楽の場合、何をするにも誰かがすぐに反応してくれる。曲の演奏が終われば、誰かが拍手してくれる」と話す。「でも、撮影はそうじゃない。『カット』と言われたあとに、心のどこかで誰かが拍手してくれるのを期待しているんだ。でも、当然ながら、みんな自分の仕事に戻っていく。そこで、『やばい。僕ってそんなに下手なの?』と不安になった」。演じることは、ミュージシャン同士のセッションに似ている、とスタイルズは指摘する。「呼ばれて自分のパートをこなす。あとは誰かがひとつにまとめてくれるんだ」)。

だが、スタイルズの努力は報われるはずだ。はやくも彼とピューは、賞レースの勝ち馬と目されている。ワイルドは、「みんなが涙を流した」という瞬間を引き合いに出した。会社の大々的なパーティーでジャックの昇進が発表されるシーンだ。「奇妙なシーンなんです。ファシスト的なモチーフが散りばめられていて、男性の怒りが渦巻いています」とワイルドは話す。「そのシーンで、ジャックはフランク(クリス・パイン)と一緒に“Whose world is it? Ours!(世界は誰のものだ? 俺たちのものだ!)”という不気味なスローガンを繰り返し叫びます。恐ろしくダークなシーンです。でも、ハリーは見事に演じ切りました。演技に没入した彼は、パーティーの参加者たちに向かって例のスローガンを叫びはじめました。まさに原始の叫びです。私たちの期待をはるかに上回る、圧倒的な演技でした」

ワイルドによると、パインは意図的に後ろに引いた。このシーンの主役がスタイルズであることを察したのだ。「カメラマンは、野生動物のようにステージ上を歩き回るハリーを追いかけました」とワイルドは振り返る。「モニターを見ながら、その場にいた全員が衝撃を受けました。本人も驚いていたと思います。体という殻から解放される瞬間は、まさに役者にとって最高の瞬間です」


映画『僕の巡査』 Prime Videoにて独占配信中(© Amazon Studios. 

それから数週間を待たずに、スタイルズは『ドント・ウォーリー・ダーリン』の現場から、より親密な作品である『僕の巡査』の現場に移った。脚本は前年に読んでいた。ストーリーに感動した彼は、マイケル・グランデージ監督に連絡をとってミーティングの約束を取り付けた。到着したスタイルズは、すべての台詞を暗記していた。

『僕の巡査』でスタイルズは、トムという警察官を演じている。トムは、パトリックという美術館のキュレーター(デヴィッド・ドーソン)に惹かれる。物語の舞台は1950年代。当時のイギリスでは、同姓同士の恋愛が法律で禁止されていた。トムとパトリックが秘密の関係を結ぶかたわら、トムはマリオン(エマ・コリン)という教師と結婚する。3人の登場人物が悲しい状況下で再会すると、映画は過去と現在を行き来するかたちで展開する。「当時は『同性愛は禁止、法律違反です』と言われていたなんて、信じ難いよね」とスタイルズは言う。「僕をはじめ、誰だって自分の人生を歩みながらセクシュアリティを発見し、それを受け入れていくのに」。スタイルズにとって『僕の巡査』はきわめて人間的な物語だ。「この映画は『同性愛者の男性が主人公の同性愛の物語』ではない。僕にとっては、愛と失われた時間の物語なんだ」

スタイルズ曰く、グランデージ監督はトムとパトリックというふたりの男性の性行為が実際の同性愛者のそれを正確に表現していることにこだわった。「同性愛者を描いた映画の大半は、男性同士の行為そのものに焦点が当てられている。そのせいで、優しさといった要素が失われているんだ」とスタイルズは続ける。「観客の中には、同性愛が法律で禁止されていた時代に生きていた人もいると思う。だからこそ、監督は優しさや慈しみ、繊細さといったものを表現しようとした」


PHOTOGRAPHED BY AMANDA FORDYCE FOR ROLLING STONE. TANK BY LOEWE. SUSPENDERS, STYLISTS OWN. TROUSERS BY GUCCI. SHOES BY ERL.

『ドント・ウォーリー・ダーリン』と『僕の巡査』は、8月の終わりから9月にかけてヴェネチア国際映画祭やトロント国際映画祭といった格式の高い映画祭でプレミア上映された。その一方で、スタイルズは今後も俳優としてのキャリアを探求していくかどうかはわからないと言う。「しばらくはやらないかな」と話す。だが、マーベル・スタジオと契約した出演作の本数やほかのシリーズものへの出演に関する噂は絶えない(『スター・ウォーズ』シリーズに出演するかもしれない、という噂に対してスタイルズは、「初耳だ。でも、その噂は嘘だと思う」と否定した)。

だからと言って、今後は新しい役に挑戦しないわけではない。「またどうしようもなく演技がしたくなるときが来ると思う」と言う。「でも、音楽をつくっているときは、何かが起きているんだ。すごく独創的に感じると同時に、いろんなものを満たしてくれる。それに対して、役者の仕事のほとんどは何もしないこと、つまり待つことなんだ。それがこの仕事のいちばん嫌な部分だとしたら、仕事としては悪くない。でも、待つことに充実感を感じないんだ。何かをするのが好きだから。多すぎるのはどうかと思うけど」

Translated by Shoko Natori

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