ハリー・スタイルズ独占取材 世界的ポップアイコンが怒涛の一年を語る

「裸の赤ん坊」としての時間

ハンブルクのスイートルームにいるスタイルズは、まだすべての答えを見つけたわけではない。愛や羞恥心、誠実さ、思いやりの大切さ、セラピーについて真剣に考え、不安になる。全身全霊でファンに愛される世界屈指のポップスターになる一方で、息子、兄弟、友人として最高の存在に、さらにはパートナーにとってかけがえのない存在になることは可能か? と心配する。あらゆることが大きくなるにつれて、彼はそれとは逆の人生を想像する。世界でもっとも求められるアーティストが自身の最良の部分を守り続けるには、どうしたらいいのだろうか?と。

2022年6月18日と19日に行われたウェンブリー・スタジアムでのライブ(両日ともチケットは完売)が終わるや否や、スタイルズは毎晩必ずシャワールームに駆け込んだ。それ以来、ライブ後のシャワーは儀式のようなものになっている。衛生面での必要性はもとより、それは明晰な思考を取り戻し、考えるために必要な時間を与えてくれる。スタイルズは、シャワーを浴びることでファンから受けた愛情いっぱいの叫び声や欲望を洗い流し、自分という存在に立ち返るのだ。こうした感情には、誰だって圧倒される。「あれほど大勢の人の前に立ってああいうことを経験するのは、ものすごく不自然なんだ」とスタイルズは言う。「それを洗い流せば、裸の人間に戻ることができる。裸であることは、人間としてもっとも脆弱なかたちだから。基本的には、裸の赤ん坊と同じだ」

ライブ後のシャワーは、スタイルズにとってとりわけ満ち足りた時間となった。ワン・ダイレクション(スタイルズは、ワン・ダイレクションのことを“バンド”と呼ぶ)がウェンブリー・スタジアムでライブを行った2014年、スタイルズは当日に扁桃炎を発症した。「惨めだった」と振り返る。「いまでも覚えているよ。最初の曲が終わって、僕は車に直行した。あまりに情けなくて、泣き出してしまったんだ」

ウェンブリー・スタジアムで行われたスタイルズのソロライブは、まるで同窓会のようだった。両日とも、家族や友人をはじめ、人生を分かち合った多くの人々が観客席で彼を見守った。母親のアイ・ツイストさんや姉のジェマさんをはじめ、スタイルズの仲間たちは、オリヴィア・ワイルドとふたりの幼い子供たちと肩を並べてスタンド席で踊った。客席には、元メンバーのナイル・ホーランの顔もあった。スタイルズがワン・ダイレクションの「What Makes You Beautiful」を披露するあいだ、ホーランは終始満面の笑みを浮かべていた。

世界最大のポップスターへと成長するにつれて、スタイルズはますますプライバシーを求めるようになった。それは、「裸の赤ん坊」である自分を世間の目に触れさせないことでもある。秘密主義は、しつこく向けられる性生活に関する質問をかわす際の助けになった。法定年齢に達してからというもの、スタイルズは常にこの手の質問の矢面に立たされてきたのだ。


PHOTOGRAPHED BY AMANDA FORDYCE FOR ROLLING STONE. VEST AND SKIRT BY VIVIENNE WESTWOOD. SHOES BY ERL.

スタイルズは、2年前から定期的にセラピーに通っている。「週に一度は必ず行くようにしている」と話す。「毎日運動するし、体のケアもする。だから、心のケアをするのも当然なんじゃないかって思ったんだ」

セラピーを通じてスタイルズは、それまで理解することができなかった自身の新しい側面を分析しはじめた。「感情の多くは、まったく馴染みのないものだ――きちんと分析しはじめるまでは。だから、[ひとつの感情に]フォーカスして、それを直視するというプロセスが気に入っている。それは『こういう感情を抱くのは嫌だ』と思うのではなく、『どうして僕はこんなふうに感じるのだろう?』と考えることでもあるんだ」

スタイルズは、恥の感情とも折り合いをつけなければならなかった。彼の羞恥心の原因は、セクシュアリティ(性的指向)を模索する一方で、性生活を人目にさらされることにある。時が経つにつれて、スタイルズは言い訳をすることをやめた。自らの弱さを世間から守りつつ、プライベートにおいては脆弱な存在でいられる術を学んだのだ。

徹底した秘密主義を貫くことで、スタイルズは自分が「偽善者」だと思われているのではないか、と不安になることもあったと言う。彼のライブは、大好きなアーティストと一緒にあるがままの自分を共有したいファンたちがエネルギーをもらえる安全な場所として定着している。ひとりのアーティストとして、親へのカミングアウトやプロポーズから(赤ちゃんの)性別披露にいたるまで、いろんなかたちでファンをサポートしてきた。仕事とプライベートの線引きは、スタイルズにとって重要な問題だ。「仕事中は一生懸命働く。僕は、自分のことをきわめてプロフェッショナルな人間だと思っている」とスタイルズは話す。「仕事をしていないときは違う。僕は自分がオープンな人間だと思っているけど、頑固なところもある。それに、自分の弱さを隠すつもりもない。わがままなときもあるけど、思いやりのある人間だと思われたいんだ」

物事を細分化することで、スタイルズは仕事とプライベートのバランスのようなものを見出した。「僕は、公の場で仕事以外の生活について語ったことはない。でも、それが良い影響を与えていることに気づいたんだ」と解説する。「フィクション的なものは常に存在するから、それを修正したり、何らかの方向に導こうとしたりするのに時間を使うべきではないと思った」


PHOTOGRAPHED BY AMANDA FORDYCE FOR ROLLING STONE. TOPS, SHORTS, AND SHOES BY ERL. TIGHTS BY CHARLES DE VILMORIN. JEWELRY, STYLES’ OWN.

プライベートを隠すことで、世間はかえってそれを知りたいと思うようになった。たとえば、彼のセクシュアリティは長年にわたって議論されている。いまでは、関心というよりは、もはや執念のレベルだ。スタイルズは、ミック・ジャガーやデヴィッド・ボウイといった先人たちがそうしたように、ファッションを通じて流動的なジェンダーを表現してきた。それだけでなく、すべての人にレッテルを貼り付け、アイデンティティによって分類することがいかに時代遅れであるかを繰り返し指摘している。スタイルズのこうしたアプローチに異を唱える者はこれを「クィアベイティング」(訳注:セクシュアリティの曖昧さをほのめかして世間の注目を集める手法)といって彼を批判し、自らのセクシュアリティを公表せずにこうしたコミュニティの注目度や話題性を搾取していると主張する。その一方で、擁護派は誰かのジェンダーやクリエイティブな表現を正当化するために誰かにひとつのアイデンティティを強要することは不公平であると感じている。

スタイルズは、自身のアイデンティティをめぐる一部の議論がいかに馬鹿げているかを指摘する。「『表立った場所では、女の人としか一緒にいない』と言われることもある。実際には、そういう場で誰かと一緒にいるところを見られた記憶はないんだけど。それに、誰かと一緒にいるところを写真に撮られたからといって、その人と何らかの関係を持っているとは限らない」

Translated by Shoko Natori

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