The 1975密着取材 マシュー・ヒーリーが探し求める「本物の愛」

ii.「単なるバンド」への回帰

マシューの自宅の玄関から中に入ると、まず目に入るのは廊下にある巨礫のような彫刻だ。「重量感のある物体が好きなんだ。永続性を感じられるから」と彼は話す。「いつもツアーで移動してばかりだからさ。自宅に帰ってきた時に、この動かしようのない物体を目にすると落ち着くんだ」

誰もがそうだったように、彼の人生もまたパンデミックによって急停止を強いられた。『A Brief Inquiry into Online Relationships』(邦題:ネット上の人間関係についての簡単な調査、2018年)のツアーと『Notes On A Conditional Form』(邦題:仮定形に関する注釈、2020年)の制作を並行して進めるという多忙なスケジュールは、突如として白紙になった。ロックダウンの間、彼は柔術の訓練を日課とし、他の人々と同じように、自分の人間性と行動を見つめ直した。「依存症だっていう事実が、自分のあらゆる行動を定義していることに気付いたんだ」と彼は話す。「スマートであろうなんて思わないし、賢そうに見られたくもない。知識を身につけたくて本を読んでるわけじゃないんだ。僕は貪欲ってわけじゃなくて、単に中毒なんだよ」


Matty wears vintage shirt by Prada, vintage tie, Matty’s own, trousers by Louis Vuitton, shoes by John Lobb and sunglasses by Ray-Ban (Photo by Samuel Bradley / Styling by Patricia Villirillo)

ポストモダンなインターネット世代のバンドというThe 1975の方向性を、マシューは十分に野心的だったと考えている。エモやUKガレージ、カントリー、ハウス、アンビエントまでを網羅した全22曲で構成される『Notes〜』は実験的なアルバムだった。実存主義的で誠実な力作ではあったが、聴いていて疲れるというのが多くのリスナーの率直な感想だった。「あのアルバムを最後まで聴いていない人も多いだろうね」とマシューは認める。マキシマリズムと実験性を突き詰めた結果、自身の外骨格と化してしまったThe 1975は、考えうる限り最もラディカルな手段に出ることにした。それは「単なるバンド」への回帰だ。

「曲を書いてスタジオに入り、プロデュースもレコーディングも自分たちでやった。こういうアプローチを取ったのは1stアルバム以来だった」とマシューは話す。「キザとかカッコつけてるとか、そういう風に受け止めないでほしいんだけど、The 1975が何なのかをはっきりさせようとしたんだ。僕たちは節操なく色々試してきたけど、リスナーはバンドの本質をちゃんと理解してると思うから」。


Matty wears vintage shirt by Prada, vintage tie, Matty’s own, trousers by Louis Vuitton, shoes by John Lobb and sunglasses by Ray-Ban (Photo by Samuel Bradley / Styling by Patricia Villirillo)

過去2作で徹底的に追求した、分析に基づく精巧さを彼らは放棄することにした。新作の曲のいくつかは1〜2テイクで仕上げたという。「ものすごく親密で、その瞬間を脳裏に焼き付けるような曲。僕はずっとそういうのを作りたかった」とマシューは話す。

過去のアルバムが常に当時のカルチャーを反映していたように、バンドが追求した親密さは集合意識と共鳴している。オーバーシェアリングによる疲弊、意見の過剰なインプットからくる消耗感、シニシズム疲れ、本作にはそういったテーマが見られる。パンデミックの最中に誰もが一時的に強要された身軽でシンプルな生き方を、人々は今、切実に欲している。

Translated by Masaaki Yoshida

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