田中宗一郎が語る、拡張するダンス音楽

EDM一元化の時代の終わりを告げた2022年のコーチェラ

ー2010年代前半にSoundCloudをはじめとしたネット上のプラットフォームでは様々なジャンルが混ざり合い、メインストリームではダンスミュージックの最大公約数としてEDMが隆盛を極めた。では、その後、ダンスミュージックはどのような変遷を遂げていると考えられますか?

田中 もはやダンスビートがポップソングのごく普通の一要素になったことは改めて指摘しておくべきかと思います。一部のインディロックを除けば、今はダンスビートという要素を持たないメインストリームのポップソングを見つけることすら難しい時代です。レゲトンを筆頭にラテン圏の音楽は勿論のこと、ポップ、ラップ、K-POP、ロンドンを経由したナイジェリアのアフロビーツ、ロンドンのUKドリル――フォルムこそ違えど、どれもダンスビートが基調になっています。例えば、今だとハイパーポップに分類されているアンダースコアズのようなインディバンドも、ソングライティング的にはポップパンクやエモの進化形なわけですが、細かいエディットやせわしない展開は、2010年代初頭のSoundCloudシーンで生まれたサウンドに連なるものです。もちろん、こうした新たな動きに対して、「これをダンスミュージックと呼んでいいのか?」という議論はあるとは思います。ただ、こうしたジャンルを横断した結果のダンス音楽の拡張こそがここ数年の間に起こったエキサイティングな動きなのは間違いない。

ーそうだと思います。では、21世紀に入ってからのフィジカルな現場の変化、変容という部分からはどうでしょうか?

田中 それについて要約するのは正直難しいかもしれません。パンデミックによってかなりのフィジカルな現場が失われていて、僕自身も実際にそこに足を運ぶことが出来ていないから。なので、取り敢えずお話し出来る参照点は、毎年YouTubeでライブ配信をしているコーチェラで何が起こっているか、ですね。

ーコーチェラは、アメリカのメインストリームにおけるダンスミュージックの受容をわかりやすく反映しているところがあります。

田中 あくまで一側面に過ぎないとしても、定点観測の対象としては最適ですよね。今のコーチェラには、メインステージとほぼ同格のEDMステージがあります。ここ数年のコーチェラの場合、音楽を楽しむ場所というよりもインフルエンサーがインスタ映えするスポットを探す場所になったという側面もあるわけですけど、そういう意味からしてもEDMステージの存在は最適だった。そもそもダンスカルチャーというのは演者よりもクラウドが主役という側面もあるので、そういった状況は決して反動的とばかりは言えないわけです。

ー当時のコーチェラに出ていたEDM勢にはどんな特徴がありましたか?

田中 わかりやすく定型化されたブロステップ以降のEDMと、その次世代的存在とも言えるフューチャーベース寄りのアクトが主流でしたね。bpm120、130台のリニアビートが基調だったEDMに対し、フューチャーベースの場合、テンポはかなり多種多様。空間を生かし、シンコペーションさせたビートが特徴です。

ー今年のコーチェラでは、ラインナップやプロデューサーたちの音楽的特徴などは、どのように変わっていたのでしょうか?

田中 ひとつは、EDM一元化の時代は終わったということ。パンデミック以前に比べると、かなりサウンドに幅が感じられた。EDMアクトとして目立っていたのは、ミレニアム前後から活動しているアクスウェル、イングロッソ、スティーヴ・アンジェロから成るスウェディッシュ・ハウス・マフィア、EDMやフューチャーベースがスタイルとして確立された前後に頭角を現したマデオンやフルーム、そして彼らよりもさらに下の世代――かつてはチェインスモーカーズやマデオンの前座も務めたルイス・ザ・チャイルド辺り。実際、EDMという一言で括ることは出来ない幅を感じました。と同時に、かつてのようなDJスタイルやライブPAスタイルに、映像と照明を駆使したステージ演出だけではなく、EDMアクトもポップスターとして振舞うことも必要になった時代が押し寄せている。









ー具体的にはどういうことですか?

田中 例えば、マデオン。そもそも彼はフレンチタッチやニューエレクトロと、EDMの架け橋のような存在ですが、サウンドプロダクションよりもむしろソングライティングに比重を置いた珍しいプロデューサー。なので、彼が注目を浴び始めた2012年頃は自分も追いかけてたんですね。でもその後、興味を失ってしまっていた。なので、彼のファンからすればごく当たり前のことなのかもしれませんが、今のマデオンのステージは右側と左側にキーボードが、センターにはスタンドマイクが設置してある。で、極彩色の照明でバックから照らされて、本人のシルエットが浮かび上がった状態で絶唱するんですよ(笑)。ただ、自分の影をアイコニックに見せるという演出は彼自身がダンスカルチャーを出自にしていることもきちんと表現していたと思う。「なるほど」と感心しました。ルイス・ザ・チャイルドの場合は、まるでNMEの表紙を飾ったストーン・ローゼズみたいで(笑)。

ーどういうことですか?(笑)

田中 ほら、大昔にストーン・ローゼズが勝手にシングルを再発したレーベルにペンキを持って殴り込んだという事件があったでしょ? その後、その事件を模した形で、ギタリストのジョン・スクワイアが得意としていたジャクソン・ポロック風のドリッピング/ポーリング手法で自分たちをペンキまみれにした写真でNMEの表紙を飾ったんです。白Tシャツ、白パンツにいろんなインクを飛ばした服を着ていたルイス・ザ・チャイルドの格好に思わずそれを連想してしまったんです。90年代初頭のローゼズも当時のアシッドハウスシーンに影響されて、所謂ロックバンドのように自分達にスポットを照らすようなことは決してしなかった。時代というのは螺旋状に進むんだな、と改めて感じました。


ルイス・ザ・チャイルド(Photo by Taylor Hill/Getty Images for Governors Ball)

ー今年のコーチェラには、他にもダンスミュージックのプロデューサーがたくさん出演していました。そこから読み取れることは何かありましたか?

田中 90年代後半の欧州のテイスト、あるいはオーセンティックなテクノ、ハウスへの回帰を感じました。EDM――つまりエレクトロニックダンスミュージックという言葉で十把一絡げにされる以前のサウンドが現代的にリアレンジされ、舞い戻ってきている。巨大ステージではなかったものの、デトロイトテクノ第二世代のリッチー・ホウティンがヘッドライナーを飾っていたのは象徴的です。他にもファットボーイ・スリム、デューク・デュモント、ダック・ソースと、さまざまな時代の覇者がいろんなスロットで出演していたり。一方で、ジェイミーXXやディスクロージャー、デュア・リパ『Future Nostalgia』のリミックスアルバムも手掛けたザ・ブレスト・マドンナのように、ずっとハウスやテクノ寄りのオーセンティックなサウンドを時代に合わせて更新し続けてきたアクトもしっかりとフィーチャーされている。全体として百花繚乱の趣きがありました。インディロックとディープなダンスミュージック、スピリチュアルジャズの境界を横断するフローティング・ポインツ、当初のサイケデリックロックから次第にディープでサイケデリックなダンスミュージックへと向かっていったカリブーと本当に幅広い。すごく健康的だと感じました。







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