NYドリルを担う新鋭たち

NYドリルが伝える「リアル」とは?

そうして多くの名曲が、日常的な言い回しをミッションステートメントに変えるアーティストの手によって生まれた。こうしたやり方はなかなか習得できるものではない。下手をすれば陳腐に聞こえてしまうが、上手くこなすとどうしても簡単そうに見えてしまう。ブロンクスのラッパーIce Spiceの「Munch(Feelin’ U)」がまさにそうだ。「アンタに気があると思ってたわけ?」というフックは、リル・キムやニッキー・ミナージュ、メーガン・ザ・スタリオンと言った大御所や、男のエゴを言葉少なに切り崩す女ジゴロに通じるものがある。



Spiceのコラボレーション仲間Riotがプロデュースしたこの曲は瞬く間にインターネットで拡散し、Twitterでは「アンタに気があると思ってたわけ?」というフックが頭から離れないという声が聞かれた。TikTokではこの曲のミュージックビデオが300万回も閲覧され、さらに20万件の動画で曲が使われた。大人気動画アプリで一発当てたいと願うニューヨーク中の住民の公式サウンドトラックになったと言っても過言ではあるまい。

ブロンクスでは激しいパーカッションに陰鬱な2ビートを乗せるサンプル・ドリルが盛り上がっているが、「Munch」は毛色が異なる。22歳のIceはビートをバックに脅し文句を並べる代わりに、風に舞うリボンのごとく自信たっぷりにしなやかに歌う。とはいえ天にも上るような恋物語ではなく、Spiceは自分の言葉できっぱりと「ビッチ、私は悪い女、自分のなりたいものになる」と言い放つ。魅惑的な落ち着き払ったようすから、彼女が本音で語っていることは疑いようもない。

当然といえば当然だが、Certified Lover Boyことドレイク本人がSpiceのDMに直接メッセージを送ってきたそうだ。彼もこの曲はもちろん、ラジオ局Power 105の番組『On the Radar』で披露したフリースタイルを気に入ったらしい。その上自ら主宰するOVOフェスのために、彼女をトロントにも呼び寄せた。Kenzo B、Young Devyn、Jenn Carterといったアーティストと並んで、男性中心のNYドリル・シーンで存在感を放つ彼女にとっては、何とも力強い幕開けだ。

いわゆるサンプル・ドリルの中心的人物で、ブルックリンを拠点に活動するプロデューサーEvilGianeは、どんなサンプリングもノスタルジックなトリップのごとく夢心地に仕上げることにかけては天下一品だ。エイサップ・ロッキーのInstagramでひそかにリリースされたシングル「Our De$tiny」が、まさにその好例だ。EvilGianeはハーモニー豊かなデスティニーズ・チャイルドの2004年の曲「If」から完璧なパートを抜き出し、黄金の織物を紡ぎ出した。ロッキーの手が加えられなければ、天を駆ける戦車にぴったりな楽曲に仕上がっていただろう。TikTokやInstagramではトレンド入りしているものの、広告配信プラットフォーム(DSP)ではまだ視聴できないが、この曲もまたドリルのテーマの拡散ぶりを示している。








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「ポップ・スモークなどの黒人が、文字通りドリルを現在の姿にした。『俺のシマにいるあのニガーを殺してやる』と言わずに済むドリルをね」。昨年秋、EvilGianeはローリングストーン誌にこう語っている。「彼ならきっと、『ああ、そこら中の店で買い物三昧だ』と言うだろうね」



スターダムに上り詰めた後、2020年に殺されたポップ・スモークは、後世のために道を切り開いた。そして現在、CashやIce Spiceなどのアーティストや、Bandman Rillといったジャージークラブ・ドリルのパイオニアが後に続いている。ドリルの荒々しい面を突き進むのも悪くはない。だがテーマの多様性を求めるなら、すでに目の前にある。あとは三連符のキックを辿るだけだ。



from Rolling Stone US

Translated by Akiko Kato

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