ロバート・グラスパー『Black Radio III』絶対に知っておくべき5つのポイント

ロバート・グラスパー(Photo by Mancy_Gant)

ロバート・グラスパーの最新作『Black Radio III』をより深く味わうために、「Jazz The New Chapter」シリーズで知られるジャズ評論家の柳樂光隆が監修した「ロバート・グラスパー相関図」が先ごろ公開。ここでは独自のプレイリストも交えつつ、柳樂にグラスパーの歩みと影響力について解説してもらった。


1. 「ゲームチェンジャー」としてのロバート・グラスパー

21世紀のジャズというより、今日までにおけるライブ・ミュージックの領域において、ロバート・グラスパーが果たした貢献はとてつもなく大きい。

「ジャズとヒップホップ/R&Bを融合した」と評されがちだが、幼少期にゴスペルから出発して、高校〜大学でジャズを学び、同時にヒップホップ/R&Bのセッションにも顔を出してきたグラスパーは、そもそもジャンルが分かれているという意識が極めて希薄だ。さらにグラスパーが特別だったのは、それぞれの領域にまつわる演奏テクニックや深い知識をもち、歴史への敬意を払ったうえで、それでも分け隔てなく演奏するところにある。

セロニアス・モンクとJ・ディラのどちらも敬愛し、「モンクの演奏は(J・ディラ同様に)クオンタイズされていなくてヒップホップ的だ」と言ったかと思えば、自身の演奏スタイルをブラッド・メルドー、マルグリュー・ミラー、チック・コリア、ハービー・ハンコックからアート・テイタムまで、ジャズ・ピアノの系譜を遡りなら説明してみせる。そこでアーマッド・ジャマルの話を振れば、彼の代表曲「I Love Music」がナズ「World is Yours」のサンプリング・ソースであることに言及しつつ、いかにヒップホップ的なピアニストだったか解説してくれる。


グラスパーが実演も交えて、ジャズとヒップホップの関係性を説明している動画

それがどんな意味をもつのか、具体例を挙げつつ説明しよう。グラスパーがピアノ・トリオで録音した2007年の傑作『In My Element』には、J・ディラがプロデュースした4曲をメドレー的に演奏した「J Dillalude」という曲が収録されている。



そのなかで取り上げられている楽曲は以下のとおり。

コモン&スラム・ヴィレッジ「Thelonius」
ジェイ・ディー「Doo Doo」
スラム・ヴィレッジ「Fall in Love」
デ・ラ・ソウル「Stakes Is High」






いずれもJ・ディラがプロデュースした人気曲だが、ここでは各楽曲のサンプル・ソースにも注目してみたい。

ジョージ・デューク「Vulcan Mind Probe」
ジャッキー&ロイ「Deus Brasileiro」
ギャップ・マンジョーネ「Diana in the Autumn Wind」
アーマッド・ジャマル「Swahililand」






J・ディラが手がけたトラックとそれぞれのソースを聴き比べると、いずれもピアノやキーボードのフレーズを抜いて、それをループさせることで、メインとなるウワモノになっていることに気がつくだろう。

かたやグラスパーは「J Dillalude」において、その抜かれたフレーズを自身のピアノで演奏している。つまり、レコードから鍵盤楽器のパートをサンプリングして作ったトラックを、鍵盤楽器メインの生演奏にもう一度戻すかのようにカバーしているわけだ。

グラスパーは2009年に発表した次作『Double Booked』でも、セロニアス・モンク「Think of One」をカバーしながら、デ・ラ・ソウル「Stakes Is High」を再び取り上げているが、ここでは同曲のフレーズを同じようなニュアンスで繰り返し、セッション中に何度も挿入している。もはやカバーというより、人力サンプリングと呼ぶほうがしっくりきそうだ。そもそもグラスパーにとって、モンクは上述のとおりJ・ディラ同様の「ノット・クオンタイズ」な音楽家であり、「Stakes Is High」でJ・ディラにサンプリングされたアーマッド・ジャマルは、グラスパー曰く「カットアップしなくても、そのままの演奏がヒップホップ的」なピアニストであるわけだから、この画期的なセッションも彼のなかでは当然の営みなのだろう。




グラスパーはそんなふうに、ジャズとヒップホップの文脈を幾重にも織り込みながら音楽を作ってきた。そして、ジャズのレコードをサンプリングしたり、打ち込みのビートに生演奏を組み合わせたり、録音した生演奏をサンプリングして再構築したりするのではなく、生演奏のセッションにヒップホップ的な要素を内包させることを可能にした。そして、『In My Element』と『Double Booked』の成功を経て、2012年にリリースされた『Black Radio』が決定打となり、グラスパーの手法はたちまち世界中に広まっていく。



彼の音楽はジャズ奏者の背中を押すだけでなく、ソウル/R&Bのミュージシャンも刺激した。そして、音楽シーンにインスピレーションを与えるだけでなく、ヒップホップの要素を生演奏で表現できるミュージシャンの起用という新たな選択肢をもたらした。

その典型的な例が、『Double Booked』からグラスパーを支えてきた敏腕ドラマーのクリス・デイヴ。彼はJ・ディラ由来のズレたビートを生演奏にトレースしつつ、打ち込みのビートにはない変化と即興性でもって、プレイに様々なバリエーションをもたらし、ドラミングの可能性を一気に押し広げた。クリスが後年、復帰後のディアンジェロ、アデルや宇多田ヒカルに起用されてきたのは周知のとおりだ。





こういったミュージシャンの存在を世に知らしめ、彼らがもつポテンシャルをシーン全体に普及させたのもグラスパーの功績と言えるだろう。彼の方法論はジャズやヒップホップのみならず、ロック、ソウル、ファンク、ゴスペル、エレクトロニック・ミュージックなど様々な分野のミュージシャンが参加できる、どこまでも自由で魅力的なゲームだった。これによって多くの音楽やプロデューサーが繋がり、新たな音楽の呼び水になっていった。

そして、『Black Radio』から3年後、グラスパーも参加したケンドリック・ラマーの傑作『To Pimp a Butterfly』が発表される頃には、また新しい変化が訪れていた。「グラスパー以降」の世界では、高度なスキルやアカデミックな素養をもち、同業のミュージシャンに尊敬され、重要作のクレジットに名を連ねながら、それまで注目される機会の少なかった才能にスポットが当たるようになった。フライング・ロータス『You’re Dead!』、デヴィッド・ボウイ『★』といった同時期の重要作もその流れから生まれたものだ。

さらに、グラスパーの活躍はケイトラナダやトム・ミッシュなどベッドルーム出自の音楽家も刺激し、マカヤ・マクレイヴンのような生演奏とポスト・プロダクションを自在に同居させる次世代ミュージシャンの登場も促した。ジャンルの境界線を押し広げることで、ハイエイタス・カイヨーテやジ・インターネットを筆頭とした「フューチャー・ソウル」の台頭を促したのもグラスパーである。さらに、サウンド面から方法論まで一連の影響力が、UKロンドンにおける新しいジャズ・ムーブメントを引き起こす土壌になった(同地のミュージシャンに取材すると、グラスパーの名前がかなりの頻度で挙がる)。


グラスパーのサウンドと近いフィーリングがある曲を集めたプレイリスト

グラスパー自身もその「汎用性」を誇示するように、R+R=NOW、オーガスト・グリーン(コモン、カリーム・リギンス)、ディナー・パーティー(テラス・マーティン、ナインス・ワンダー、カマシ・ワシントン)と様々なプロジェクトに参加しながら、いつも彼らしい演奏を届けてきた。高度で複雑なものを(理路)整然と聴かせるグラスパーの音楽は、聞き手を圧倒するというよりは「この複雑さを奏でてみたい」と思わる魅力がある。だからこそ、彼の音楽は分析され、誰かのインスピレーションになり、共有され、広まっていった。





ここで現代ジャズきってのギタリスト、リオーネル・ルエケの発言を引用しよう。

「ロバート・グラスパーは、R&Bとジャズをユニークな方法で組み合わせることで、トップ・レベルのゲームのあり方を変えた。彼は僕らの世代の最も偉大なピアニストであり、素晴らしい作曲家であり、レコード・プロデューサーなんだ」 

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