ロバート・グラスパー『Black Radio III』絶対に知っておくべき5つのポイント

3. 『Black Radio』ゲスト陣に見る「オーセンティシティ」

RHファクターの『Hard Groove』は、ロイが父親から「ジャズだけではなく、もっと現代的な音楽もやってほしい」と言われたのをきっかけに生まれたという。かたや『Black Radio』は、プロデューサーを務めたイーライが「作品を重ねるごとに少しずつヒップホップ/R&Bの要素を濃くしていった」と述懐しているように、ブルーノート契約時から階段を一段ずつ登り、ジャズ・シーンでの評価を確立しながら、計画的に用意されたアルバムだった。

『Black Radio』についてはもう一つ、このプロジェクトが新奇性や同時代性より、オーセンティシティや普遍性を追求してきたことも重要だ。

ヤシーン・ベイ(モス・デフ)が命名した『Black Radio』というタイトルは、航空機が事故を起こした際に、飛行データや機内の会話などを保管しておくブラックボックス(フライト・データ・レコーダーの通称)に由来するもので、社会やトレンドにどんな変化が起きても、永く残り続ける音楽のメタファーとして使われている。



『Black Radio』は革新的な試みだったが、トレンドとは無縁の作品でもある。グラスパーはオーセンティシティを何より重視しており、参加するシンガーやラッパーにも(ネームバリューではなく)高度な技術を求めている。そのルールに気づくと、シリーズの見え方が少し変わってくるだろう。


『Black Radio』参加アーティストの関連曲をまとめたプレイリスト

そういった姿勢はゲストの人選にも明らかだ。ヒップホップの世界でよくあるように、話題性重視でポップスターやニューカマーを起用するようなことは、これまでのシリーズを通じて一切していない。むしろ、グラスパーよりも年上で、彼が中高生だった頃のスターが多く起用されている。

例えば、1994年に「I Wanna Be Down」をヒットさせたブランディ。もしくは、パフ・ダディとの名曲「I’ll Be Missing You」(1997年)で知られるフェイス・エヴァンス。『Black Radio』に参加した2012年の時点で、彼女たちは「ひと昔前の人」だったが、その実力はまったく衰えていなかった。実際、ブランディはこのあとダニエル・シーザーやアンダーソン・パークなどの作品に参加しているし、フェイス・エヴァンスもスヌープ・ドッグのゴスペル・アルバム『Bible Of Love』で、錚々たるシンガーたちとその歌を聴かせている。




ほかにも、オーガニック・ソウルの代名詞ことインディア・アリーは、日本では2001年のアルバム『Acoustic Soul』がヒットしたイメージで途切れているが、2020年にグラミー賞を受賞するなど近年のキャリアも充実している。メイシー・グレイも『Black Radio』以降、ジャズ・アルバム『Stripped』(2016年)など意欲的なリリースを続けている。『Black Radio』はこういった実力派の中堅シンガーに、これまで歌ってこなかったタイプの演奏でチャレンジを促す場所でもあるわけだ。その一方で、タイトル通り「ブラックのためのラジオ」という意味合いも込められており、「幅広い世代のアフリカン・アメリカンが楽しめるラジオ・ヒット」を意識したゲスト陣が揃っている(その意味合いは、この記事を読むと伝わりやすいかもしれない)。


『Black Radio 2』参加アーティストの関連曲をまとめたプレイリスト

さらに、『Black Radio』はグラスパー自身のルーツを反映しながら、ブラック・ミュージックの歴史と誠実に向き合い、伝統や文化を未来に受け継ぐためのシリーズでもある。実際、『1』のリリースによってソウルクエリアンズやJ・ディラの音楽が再び語られるようになり、そこから新しいポップ・ミュージックがいくつも生まれてきた。グラスパー自身もコモン、ビラル、ヤシーン・ベイやタリブ・クウェリ、Qティップ、エリカ・バドゥとの関係は深く、彼らはいずれも『Black Radio』シリーズに参加している。ただ、その文脈はあくまでシリーズの一側面に過ぎない。

グラスパーは並行して、ソウルクエリアンズと同時期にネオソウルと括られたフィラデルフィアのシーンから、ミュージック・ソウルチャイルドやジル・スコット、マーシャ・アンブロージアスを起用してきた。その話でいうと、『Black Radio III』にDJジャジー・ジェフも参加している点も見逃せないだろう。ウィル・スミスとのコラボで80年代から活躍し、2000年代にはフィリーのネオソウルを盛り上げた名プロデューサーとして知られる彼は、若い音楽のスキルアップやメンタルヘルスの安定を促すプロジェクト「PLAYLIST Retreat」を主催し、ムーンチャイルドやキーファーなど多くのミュージシャンに慕われている。こういったベテランを起用するあたりに、グラスパーの現在の立ち位置が表れている気もする。


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