ナラ・シネフロ、UKジャズの謎多き新鋭が語る「音楽を奏でるのは瞑想的なこと」

共作者たちの貢献、音楽と瞑想について

―『Space 1.8』には多くのジャズ・ミュージシャンが参加していて、素晴らしい演奏を聴かせてくれているのが印象的でした。彼らとはどういった経緯で知り合ったのでしょうか?

ナラ:みんないい人たちばかりで、私の冒険に付き合ってくれて心から感謝している。私にとっては初めてのアルバム制作で、友達に「どんな作品になるの?」と聞かれても、「自分でもわからない!」という状態だった。それでも、彼らは私を信頼してくれた。本当に感謝しているし、今ではみんな友達。

アルバムを作り始めたのは随分と前になる。レコーディングは2018年8月から始めて、2019年6月にマスタリングをしたわけだけど、アルバムに入れる予定じゃなかった「Space 4」は2017年8月に録ってる。その数カ月前からロンドンに住むようになって、ヌバイア・ガルシア、ジェイク・ロング(マイシャのリーダー、ドラム)とライル・バートン(ロンドンの鍵盤奏者、エマ・ジーン・サックレイなどと共演)に参加してもらって、それがきっかけで彼らと友達になった。ジェイクとジェームズ・モリソン(エズラ・コレクティヴのサックス奏者)はもともと仲が良くて、エディ・ヒックとウォンキー・ロジックは彼らの友達だったから力を貸してくれた感じ。シャーリー・テテ(マイシャのギタリスト)は一番仲のいい友達の一人で、彼女は精神的にもずっと支えてくれた。彼らは私以上に私の音楽を信じてくれて、方向性に確信が持てなくなり、最初のセッションの前に不安になって「レコーディングしないほうがいいんじゃないかな」と私が言うと、ジェイクは「いや。絶対にレコーディングしなきゃ駄目だって。スタジオに行こう」と背中を押してくれたこともあった。


ナラ・シネフロは、ヌバイア・ガルシアのリミックス集『SOURCE ⧺ WE MOVE』にも参加

―そのミュージシャンたちが参加している「Space 2」では全員がピアニッシモで演奏しています。サックスはサブトーンを使っていたり、ピアノもかなりの部分を右手だけで演奏していて、左手は時折加える演奏をしています。ドラムも微かなシンバルとハイハットだけです。全員の演奏のニュアンスが素晴らしく、この曲が求めるフィーリングを的確に演奏しているように感じました。こういう場合は演奏者にどんなリクエストをしたら、こんな演奏をしてくれて、こんな曲が出来上がるのでしょうか?

ナラ:「Space 2」を初めて聴いた時、「みんなわかってくれた!」と思ったのを覚えている。まず、曲を譜面に起こすことで生まれる魔法がある。音符とともに「ここをクレッシェンド」「ここは抑えて」といった指示を書くことができるから。あと、このレコーディングではみんな初見で演奏している。だから例えば、ピアノを弾いたライルにとっては、初めて弾くコード進行なのが聴いてわかるし、ソロ・パートにしても弾きながら曲を発見している感じが伝わってくる。実は2テイク録ったんだけど、採用したのは初見のほう。譜面を渡して、弾きながら曲の世界観を知ってもらうという魔法もあったと思う。

この時、私はみんなが集まってくれたところで、譜面を渡してから曲の雰囲気を説明したんだけど、みんなには「レモン・ドリズル・ケーキがインスピレーションなんだ」と伝えたのを覚えている。私はケーキが大好きで、彼らに「物凄く美味しいケーキを食べるのを想像して欲しい。食べ終わった時に込み上げる感覚」と説明した。普通の人だったら「はあ?」ってなると思う。でも、みんな口を揃えて「なるほど。わかった」と言ってくれて本当に嬉しかった。みんな繊細な感性を持っていて、こちらの意図を完璧に把握してくれて、曲を書いた時に頭の中で鳴っていた通りにできた。つまり、最高のレモン・ドリズル・ケーキを1テイクで弾いてくれた(笑)。だから、本当に特別な曲になったと思う。

そして、この曲のレコーディングの時、私は指揮することで自分が思い描いている楽曲を彼らに伝えている。あと、録音する時にはその部屋の雰囲気も実は凄く大事で、レコーディング当日も、部屋にアロマ・オイルのディフューザーを置いたり、照明も工夫して、温かい雰囲気を演出して、料理も出したのを覚えている。



―さっき瞑想をしたと話してましたが、あなたの生活の中に瞑想があって、それは作品にも関与していますか。

ナラ:関係していると思う。私にとっても、多くの人にとっても大事なことだと思うし。植物や動物にとってもそう。動物のほうが人間よりも瞑想的な状態にいると思う。人間の場合、手に負えなくなると、そういう状態になかなか戻れないこともあるけど。アルバム制作中は、普段よりも多くそういう精神状態にアクセスしたと思う。そもそもハープやシンセを演奏することも、私にとって非常に瞑想的なこと。なぜなら演奏中は完全に集中している状態が多いから。コロナ禍はいつものルーティーンを変えないといけなくなって、1日30分くらいしか瞑想できていないんだけど、制作当時は朝1時間、夜1時間、1日2時間くらいやってて、生活の大きな部分を占めていたのを覚えている。

うまく言葉で説明できないんだけど、あの数カ月間は常に雲のなかにいるような感覚というのかな。さっきも言ったように私にとって音楽を奏でるのは瞑想的なこと。だから音楽をやった上で更に瞑想も実践することで、よりいっそうその感覚が増していた時期だったわけ(笑)。特に今作では、ありのままの自分を正直に表したくて、それをするには限りなく自分らしいものを作るしかないと思っていた。だから、そういう音を出すために、瞑想的な状態に自分を置くことで、音楽をそのまま通り抜けさせてあげることを考えた。自意識に邪魔されることなく、音楽を伝える媒介になり切ろうとした。そうしたら、シンセの前に座ると、自然に音楽が降りてくるようになった。つまり瞑想は、私をそういう状態にさせてくれるためのツールだったと思う。



―『Space 1.8』の制作中によく聴いていた音楽はありますか?

ナラ:アルバム制作中は、音楽が湧き出るような状態に自分を持っていくために、実はあまり音楽を聴いてなくて、無音の状態が好きだった。頭の中で既にたくさんの音楽が鳴っているから(笑)。ストリングスのパートや何かメロディーがどこからともなくふと思い浮かぶ。例えば朝ごはんを食べている最中にサックスのパートが思い浮かぶと、ピアノのところに行って書き留める、あるいはレコーダーに録っておく。そのためには無音の状態のほうが頭の中で音が鳴りやすい。音楽を聴いている時は、聴くことに集中してるから、音を思い浮かぶことが減ってしまうのもあると思う。

それから制作中は、自分と似たような音楽をあまり聴かないようにしている。影響を受けたくないから。あと言えるのは、例えば有名レストランの熟練シェフが実はマクドナルド好きだったりするように、私も自分とは真逆の音楽を聴くのが好きだったりもする。例えばリアーナの「Work」があの年一番聴いた曲だったし、カーディ・Bもたくさん聴いた。アルバム制作中にたくさん聴いたのは、コリーヌ・ベイリー・レイの『The Heart Speaks in Whispers』。あのアルバムの温もりが大好きだから、2019年に『Space 1.8』のエディットを終えた後、彼女のアルバムを1カ月間ずっとリピートで聴いた。どこに行くにもあのアルバムを聴いてた。同じ作品ばかりずっとリピートで聴くのはよくあって、今も同じ8曲をずっと繰り返し聴いている。

レコード店でも働いているから、そこで聴いたサウンドも吸収していると思う。それがメロディーやアイディアの膨大なデータとして私の中に蓄積している。でも、一番大事なのは、音楽を聴くことを楽しむことだと思ってる。だから、自分自身の音楽を出す時は、楽しめるように音を詰め込み過ぎないことを大事にしている。

―あなたの音楽は似てる音楽が浮かばないものなので、その答えは納得しかないですよ。

ナラ:そう言ってくれてありがとう。




ナラ・シネフロ
『Space 1.8』
2022年1月14日リリース
国内盤CDには柳樂光隆(Jazz The New Chapter)による解説書が封入
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12260

Translated by Yuriko Banno

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE