ナラ・シネフロ、UKジャズの謎多き新鋭が語る「音楽を奏でるのは瞑想的なこと」

自由で感覚的な曲作りのプロセス

―『Space 1.8』はタイトルも不思議な感じがしますが、このアルバムのコンセプトや、そのコンセプトを思いつくに至ったきっかけなどを教えてください。

ナラ:毎日が充実していた時期でもあって、1曲レコーディングするたびに、それぞれが特別な瞬間に思えた。聴きかえすとその時ならではの部屋の雰囲気や季節が聴こえてきて、曲によっては夏を感じたり、秋や冬眠の準備を感じたりもした。全曲のデモを聴き返した時に、それぞれの曲が別々の「部屋」みたいに感じられて、ヘッドホンで聴くとその時の部屋に戻った気分になる。だからこれらの曲を”Room 1”、“Room 2”、“Room 3”と呼ぶことにした。それに、どの曲も全く違うサウンドだったことに驚いた。バンドの演奏だけの曲もあれば、シンセだけの曲もあって「こんなにバラバラの曲ばかりでどうするの?」とも思った。だから、それぞれを独立している「部屋」に例える感じが気に入ったのもあると思う。そこからさらに「Room」を「Space」に変えた。「部屋」というよりも、「空間」のほうが近いと思って。そう決めたのが2018年12月だった。

―ここに収録された音楽はすごく自由で、様々な分類や境界を感じさせないものです。だからこそ、どうやって作曲したのか、どう制作されているのか、とても気になります。作曲のプロセスの話も聞かせてもらえますか?

ナラ:曲によって全然違う(笑)、その都度、新たな冒険をするような感覚。作曲した時期もバラバラ。「Space 2」と「Space 4」のように、私がピアノで作曲したものを譜面に起こして、友人でもある素晴らしいミュージシャンたちにスタジオに来てもらって、彼らに曲の雰囲気を説明して、私が指揮をしながらレコーディングしたものもある。

一方で、即興でその場でできた曲もある。「Space 3」は、まずエディ・ヒック(サンズ・オブ・ケメットのドラム)やウォンキー・ロジック(ロンドンのビートメイカー)と一緒に、色々なアイディアを弾いてみるところから始まった。シンセやドラムのアイディアを思いつくままに弾いてみて、それを持ち帰って、聴き返して、「これは面白そう」と思ったものを編集したり、加工したり、シンセを足して、ミックスしている。

そして「Space 1」や「Space 5」、「Space 7」は一人で部屋でシンセをいろいろ重ねて、ハープを加えたり、さらにシンセを加えたりして作ったもの。この手の曲は凄く短時間でできることが多い。その場のノリでね。例えば「Space 7」は、10分でできたと思う(笑)。本当にあっという間。「Space 5」も1時間か2時間だったと思う。

でも、「Space 1」は段階的だった。コードのアイディアを夏に思いついて、そのコードを秋に試して、それにドラムやクリックを使ってハープを重ねてみて、そのハープを後で速めてみたり。でも「Space 1」はあまりいい曲じゃないと思ってたから、当初アルバムに入れるつもりじゃなかった。数カ月後後に友達に聴かせたら、「このサウンドいいよ!」と言ってくれたんで、「だったら入れようかな」ってなった(笑)」

―10分とか1時間で生まれた曲は、インプロビゼーションで作ったみたいな感覚なんでしょうか。

ナラ:「Space 7」の場合は、ちょっと特殊な状況だった。アルバムを繋げてくれるインタールードみたいな曲が欲しくて作ったから。特に「Space 6」から「Space 8」へとつないでくれる橋渡し的なものが欲しかった。でもけっこう難しくて。アイディアはあったんだけど、アルバムを一つにまとめる「これだ」という曲がなかなかできなかった。マスタリングの前日になってもまだ「Space 7」はできていなかったんだけど、とりあえず先に出来上がった他の曲を12時間掛けてスタジオでミックスして、その日はすごく疲れて家に帰ったんだけど、家についたら自分の部屋で瞑想をしてみることにした。「どうか曲が降りてきますように」って祈りながら(笑)。その瞑想を終えて、立ち上がって、10分であの曲を書いて、そのまま寝た(笑)。翌日、それをリック(・デイヴィッド:エンジニア)に聴かせたら「これ、いいじゃん」と言ってくれたんだけど、あまりに早く書けた曲だから、自分では今でも確信がなくて、人が好きだって言ってくれるのが未だに信じられてない曲でもある(笑)。

―それは面白い。リックの直感にすべて委ねたってことですね。「Space 1」も友達の意見に委ねてるし、このアルバムはそういう委ねることにも意味があったのかもしれませんね。では、「Space 5」はどうですか?

ナラ:「Space 5」のときは、正真正銘のトランス状態だったと思う。いい感じだって思いながら、モジュールでサウンドを幾つか作ったのを覚えている。気づいたら別世界に行っていて、私じゃない別の何かが残りを書き上げていた。あっという間の出来事だった。この時もまた完成したらそのまま寝て、翌日か翌週に聴き返してみたら「これ、私が書いたの?」と信じられなかった(笑)。素の状態だったら「Space 5」みたいな曲はできなかったんじゃないかな。自意識が全くない状態が生んだ曲だと思う。



―あなたのサウンドはすごく特殊な音像だと思います。録音やポストプロダクションなどの部分で、これまで特に研究したプロデューサーやコンポーザーはいますか?

ナラ:私はかなりのオタクで、音楽を聴いてると、「どんな機材でこれを作ったんだろう」と考えることが普通にある。音楽が大好きだから、1日何時間も音楽を聴いて過ごすし、出会ったレコードもとにかく何でも聴いてみる。音楽を聴く時は、音楽そのものを聴くんだけど、気に入ったミックスだったり、心地いいと思ったミックスがあると、検索して、どんなコンプレッサーを使ったかとか機材を調べることもある。でも、自分ではシンプルにとどめておきたいから限られた機材しか使わない。使うものが増えると、プロセスが無限になってしまうから。でも心地いい音をみつけた時は、「何を使うとこういう音になるんだろう」と考えるし、「ドラムの音に余裕を持たせているからなのか」「低音域を上げているからなのか」「ヴォーカルのミックスはどうやっているのか」……その曲のミックスを自分なりに分析にしてみる。だから、対象となる特定のプロデューサーとかはいないことになるかな。

あとはアルバム制作中、レコード店で働いていて、今も働いていて4年目になるんだけど、その影響も大きかった。

―NTS Radioでのあなたの選曲が素晴らしくて(トラックリストはこちら)、ジャンルや時代も地域も幅広くセレクトされているし、すごく好きだったんです。レコード店で働いていたんですね。

ナラ:そう、そこでは60年代、70年代、80年代の音楽ばかり聴いていた。当時のレコードのミックスが大好きで、音を聴くと奏者が全員同じ部屋にいるのが伝わるし、楽器同士の呼吸が混ざり合っているのが好き。ドラムがピアノの真横にあったりするし、しかも全てアナログ・テープに録っている。今のものと比べても、全然こっちのほうがいい音って私は思ってしまう。「何が起きてるの?」って(笑)。いつから楽器を個別の部屋でバラバラに録るようになって、それが当たり前になったのかって思う。だから今作でもハープをレコーディングする時は、ドラムの真横に置いたり、ピアノをドラムの真横に置いたりして、敢えて間違ったやり方で録ってる。間違ってるかどうかよりも、自分で実際に聴いた感覚を大事にしたかったから。


NTS Radio「NALA SINEPHRO LONDON, 06.02.21」のミックス音源

Translated by Yuriko Banno

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