オルタナを蘇らせるUK大型新人、ドライ・クリーニングの映画みたいな結成物語

バンドが出会い、独自のスタイルを確立するまで

ショウはずっと、将来は両親のようなビジュアルアーティストになるものだと思っていた。美術学校で絵画を学んだ後、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで修士号を取得したが、そこで彼女はエネルギーを消耗してしまった。「もう疲れ果てていた。完全にダメで、何もする気が起きず、考えることもできなかった」と彼女は言う。そんな時にある教師から、現実的なアドバイスをもらった。「先生には、“毎日1枚ずつ、とにかく絵を描きなさい。小さな紙でいいから。そうすれば達成感が得られる。絵の内容は何だって構わない”って言われたの」

アドバイスを受けたショウは、自分が経験してきたことを風刺画にして描き始め、時には作品にひと言付け加えることもあった。「とにかく描き始めたけれど、下手くそで奇妙な絵だったから、キャプションを付け加えないと伝わらないと思った」と彼女は言う。「描いているうちに言葉が浮かんで、“ここに書き留めておこう”と思うこともあった。ちゃんとしたものを仕上げたい、という気持ちで描いていたのではないけれど、いい感じだった」


Photo by Rosie Alice Foster for Rolling Stone

ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでショウの同級生だったダウスは、彼女と知り合ってすぐに衝撃を受けた。2010年頃のことだった。「彼女は強烈な個性の持ち主だった」とバンドのギタリストは証言する。「彼女のアート作品は気に入ったし、ものの考え方も素晴らしかった。ちょっと現実離れしていて、現実世界に対する見方も少し変わっていた。ものすごく知的で、感情的にとても洗練されている。出会った瞬間に、彼女とは気が合うと思った」

ダウスは当時既に経験豊かなミュージシャンだった。ペイヴメントの「Shady Lane」に衝撃を受け、ソニック・ユースのアルバム『Sister』に合わせてギターをかき鳴らしながら独習した。そして10代の終わりには、ハードコアバンドでプレイするために大学をドロップアウトした。ミュージシャンとしてのキャリアを歩み始めてまもなく、ずっとお気に入りのバンドだったコンヴァージの前座を務めるチャンスが巡ってきた。ダウスは、マサチューセッツから来たメタルコア・ヒーローが地元の小さなクラブのステージに立ち、全力でパフォーマンスする姿をはっきりと覚えている。「彼らは会場を切り裂いた感じだった。まるでヘルフェストのヘッドライナーを務めているかのように、100%の力を出し切っていた。彼らは僕が成長するきっかけを与えてくれた」

ダウスは、騒がしい音、楽器や機材、ライフスタイルなどバンド生活の全てを愛していた。「僕らはヨーロッパ中でプレイした。床の上で雑魚寝しながら稼ぎもほとんどなく、食えなくても構わなかった。それでも、とてもエキサイティングな暮らしだったからね」

しかし20代も終わりに近づく頃、ダウスの志向も変化し始め、彼は美術学校に戻った。「ハードコアが憂鬱だとか、暗いとか気味が悪いなどと感じる時が来るなんて、思いもしなかった。どちらかといえば、ハードコアは人生の喜びだった」と彼は言う。「でも徐々にハードコアから離れていった。時折耳障りに聴こえるようになったんだ。実際に耳を痛めることもあるし、メロディアスな音楽が恋しくなることもあるさ」

彼には、フリーランスのイラストレーターとして生計を立てて行こうという漠然とした計画があった。しかし彼が学位を取得した2012年当時、仕事探しは難しい状況だった。「当時は失業手当で暮らしていた」と彼は言う。「両親は僕が修士課程に進んだと思っていた。しかし実際には2年間学校へ行かず、働いていた。とても厳しい時期だった。フロ(ショウ)の前では、自分の弱さを実感する。彼女は、僕が卒業後も連絡を取り合っていた数少ない一人だ」



それから数年が経った2017年、ショウが大変な時期を送っていた頃、ダウスはバクストンやメイナードとレコーディングしたデモを彼女に聴かせた。3人は、共通の社会圏を持つ友人同士だった。「私はかなり精神的に参っていたので、あちこち出歩いてアルコールに溺れていた」とショウは言う。「トム(ダウス)たちが一緒に音楽を作っているというので、私は“いいわね、早く聴きたい!”と言ったの。そうしたら彼は、私をバンドのフロントに据えたいなんて言うから、“そんなことはあり得ない。今の自分に必要のないことなんか想像もできない”って即答したわ。つまり絶対にノーってこと」

しかしダウスは引き下がらなかった。「これまでたくさんの人間が僕らのバンドで歌いたいと言ってきたが、僕らとしてはもうやり尽くした感があった。僕らは目新しさを求めていたが、具体的に何が必要なのか、自分たちではわからなかった」と彼は言う。自分たちのデモを聴きながら語るショウの声を聴いて、彼に新たなアイディアが浮かんだ。「彼女は“いい曲ね”と言ってくれた。そういう彼女の声と僕らの音楽が、マッチして聴こえた」という。そうしてダウス、バクストンとメイナードは、彼女にリハーサルを覗きに来るよう誘った。

「ニック(バクストン)が、 “君は歌う必要はない。ただ喋ってくれればいい”ってメールを送ってきたの」とショウは振り返る。バンドのドラマーは、彼女にグレイス・ジョーンズの「Private Life」を含むプレイリストを提示した。リストにはその他、セレブ専門フォトグラファーのリン・ゴールドスミスが、コメディー的キャラクターのウィル・パワーズ名義でリリースした楽曲などエキセントリックなポップ曲が並んでいた。そしてショウも、曲に合わせて語るというアイディアに乗り気になってきた。

Translated by Smokva Tokyo

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