『ノマドランド』クロエ・ジャオ監督、ジャーナリズム精神で社会に寄り添う映画づくり「人間って本当に面白い」

「自分なりの政治的見解は持っています。とても強い見解を」とジャオは言う。「でも、自分の見解が正しいんだと他の人たちを説得させるのは、物語の語り手としては違うんじゃないかと思っています。ディナーの席は別として。ある世界とそこで暮らす人たちに惹かれると、その人たちをできるだけ忠実かつ誠実に表現できる体験を作り上げることに興味がわきます」

ジャオがこれまで手がけた限られた予算のインディペンデント映画においてそれは、映画の主人公にふさわしい、興味深い対象が見つかるまでコミュニティに溶け込むことを意味する。ジャオはバーに入り浸ったり、地元のイベントに顔を出したりするだけでなく、ガソリンスタンドなどでも人々と談笑しては、映画の題材となる真に迫る物語を探す。『Songs My Brothers Taught Me』の制作中、ジャオの視線はブレイディ・ジャンドローという若いカウボーイに注がれた。彼女は、ジャンドローがロデオで落馬して重傷を負ったあとも定期的に彼の様子を見に行った。ジャンドローが主人公ブレイディ・ブラックバーンとして登場する『ザ・ライダー』は、ジャンドローの痛ましい再生と、二度と馬に乗ることはできないかもしれないという後遺症の現実と向き合う姿から生まれた作品である。主人公の家族を演じたのは、ジャンドローの本物の家族だ。それだけでなく、ジャンドローの友人も落馬によって半身不随となった主人公の友人レイン本人として登場する。同作の脚本は、彼らの人生を逐一再現したものではないが、彼らの個性を生かしながら、各々が体験した重要なディテールを取り上げている。

「基本的にはジャーナリストね」と、マクドーマンドはジャオについてこのように語る。「キャスティングでは、私がいままで出会った人たちのことを聞かせてほしいと言われたわ。彼女は質問し、あなたの物語に触れ、こうしたものからキャラクターを作り出す。そうすることで彼女のストーリーテリングに奥深さが生まれる。こうした物語を同じ深鍋に入れることで何か素晴らしいものが生まれるかもしれない、という化学反応を信じているの」


『ノマドランド』主演でありプロデューサーのフランシス・マクドーマンドとクロエ・ジャオ監督(Photo by (C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.)

見知らぬ人と会話を始めるのは驚くほど簡単だと、ジャオは言う。それは、人口が多くて忙しないアメリカ沿岸部の都市を離れて内陸に行けば行くほど顕著だ(「パインリッジ・リザベーションでは、住民たちの家のドアに鍵がかかっておらず、そのまま入れてしまいそうなときがありました」と語る)。だが、親密な関係になるにはもう少し努力が必要だ。メディアが年に1〜2回だけそこでの窮状を取り上げては消えていくような、都心から遠く離れた場所ではなおさらだ。ジャオは、物語の背後にある物語を探し求める。それに彼女は、信頼関係の築き方も心得ている。

「社会の主流から取り残されたコミュニティの人たちは、何を話すべきかわかっています。というのも彼らは、あなたがそういった話を聞きたがっていると思い込んでいるから」と話す。「だから普段は、じっと座って彼らの熱弁に耳を傾けるんです。それが終わったら『ところで、どのアメフトチームを応援してるの?』のように、人間味のある話題をふります。そして、どこかのタイミングで晩ご飯の献立や高校時代の初恋相手など、誰もがわかり、共感できる話題になれば、『ひょっとしたら、別の何かがあるのかもしれない』と思ってもらえます。そうなれば、あとは全力投球です」

Translated by Shoko Natori

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