AUTO-MOD山岡重行と手島将彦が語る、閉塞した社会におけるサブカルチャーの重要性

山岡重行(左)と手島将彦(右)


ー自分の生活を人質に取られてるようなものですよね。コロナ禍でも、事務所から出るなと言われたからイベントに出ませんというミュージシャンは少なくなかった。この先の活動に影響するから無理なことはしない、見えない何か圧力みたいなものを感じます。

手島:皮肉だなと思うのが、コロナ禍で自粛を真っ先に遵守したのがエンタメやコンサート業界だったにも関わらず、結局のところ一番後回しにされているのもこの界隈の人たちということなんですよね。何故そうなったかというと、日頃からちゃんとものを言わなかったが故に、後回しにしてもいい人たちになってしまったんだと思います。そういう風に見えてしまってるところが、ちょっと悔しいですよね。

山岡:クラスターを生み出したということで、最初にライブハウスとミュージシャンが悪者にされましたからね。

手島:それこそ少数派をスケープゴートにした構図になったんだと思うんですけど、スケープゴートにしやすいと思われたんだろうという気もするんです。要は、こいつらは敵に回すと厄介な少数派だと日頃から思わせられれば、真っ先に取り上げないような気もするじゃないですか。ミュージシャンや芸能人には何を言ってもいいという意識は、世の中全体に多少あるんじゃないかなと思います。

―SNSでの誹謗中傷コメントで自ら命を絶ってしまう芸能人やミュージシャンの方も出てしまいました。

手島:コロナ禍で彼らが自ら命を絶ってしまったのには、3つほど原因があると思うんです。一つは経済的な困窮や将来への不安の増大。もう一つは、今までやれていたこと、もしくはストレス解消になっていたことができなくなったこと。そしてもう一つが、彼ら自身が不要不急みたいに扱われて、自分の存在意義を否定されたところにもある。不要不急かどうかは、誰かに決められる話ではないじゃないですか。そもそも、何かの役に立つためにやっている、生きているわけじゃないと思いますし。その辺りの意識によって、エンタメに関わっている人が自分自分を追い詰めてしまい、辛くなっている気もしますね。

山岡:ある意味、ミュージシャンは異質な存在に見えるから本当のことを言えるんでしょうね。ヨーロッパには昔は宮廷道化師という、他の人が王様に言えないことを冗談めかして言う道化師がいたんですよ。社会がみんな同じことしか言わなくなると閉塞しちゃうんです。想定外のことが起こったときに対処できなくなるんです。そうなった時に、オルタネイティブとしての異質な人間が必要になる。社会の多くの人が行き詰まったときに、彼らが何か非常識なことをやって壁を壊して、指標を示す。そういう一種の予備装置の機能を担っているのです。一つの視点だけじゃなくて、別の視点を提供するっていうのがサブカルチャーだと思うんです。

手島:音楽に限らないことでもありますが、最近特に多いのが、共感できる=音楽の良い評価になっているということ。もちろん、それはそれで一つの音楽の受け入れ方や価値になると思うんですけど、僕は、今仰っていたような新しい視点や驚きを提示するのがアーティストやクリエイターだと思うんですよ。最近は大衆への共感に寄り過ぎている感じもします。作り手も、何か共感を得ようとしている感じがあるというか。もちろん、僕は彼らを一概に否定しないし、それで得られるカタルシスも大事だと思います。でも、もう少し常識を超えたり、新しい世界を見せてくれる存在であってほしいなとも思う。特に、閉塞している今の世の中だから、その閉塞している気持ちに共感を示しても良くないと思うので、何か違う感じがあってもいいんじゃないかなと思います。

山岡:閉塞を打ち破る馬鹿力が必要ですよね。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE