AUTO-MOD山岡重行と手島将彦が語る、閉塞した社会におけるサブカルチャーの重要性

山岡重行(左)と手島将彦(右)


ーもちろん今の芸能人やミュージシャンが社会に目を向けていないわけでないと思います。でも、曲や音楽のメッセージが社会に対して明確にフォーカスされていない、もしくはしにくい状況なのかなと感じることもあります。

山岡:頭脳警察のパンタさんのトークライブで、彼が「反抗とか反体制っていうのは体制がしっかりしてないと出来ない、あいつらにはちゃんとして欲しい」と仰っていて(笑)。あの世代の人たちは60年代のカウンターカルチャーという意識があって、日本の厳然たる歌謡界に取り込まれる形じゃなくて日本にロックを根づかせようという意識が強かったんですよね。元々ロックンロールは、良識ある大人が嫌がるものだったわけですから、嫌がられてナンボ的なところもあったし、セックス・ドラッグ・ロックンロール的な感性や男性原理、暴力的な要素がロックだっていうのも一つの形としてあった。でも、その下の世代がいつまでも悪ぶってるのは格好悪い、彼らの上の世代に対する反抗として良い子になっちゃうっていう動きもあったと思います。ちょっと上の世代がやっていたことって、なんとなくかっこ悪く見えますよね。二つ、三つ上の世代のものだとちょっと格好よく見えたりもして、再流行したりもするんですけど。あとは70年代にロックがスタジアムでやる音楽になってしまって、憧れの対象ではあるけれど、機材もテクニックも必要だし、アマチュアができるものじゃなくなってしまった。そこで、楽器なんて持ったことない奴がいきなりやり始めたっていいんだ、と始まったのがパンクですよね。

手島:音楽学校で働いているとそれはすごく実感するんです。ロックが最近またお金がかかるジャンルになってしまっているんですよね。10代の子が自分もロックをやりたいと思っても、ギター1本だけ買ってできることじゃないんですよ。エフェクターを何個か買って、良いアンプで鳴らして、それなりの練習する期間がないとすぐには弾けない。そんなに初期投資と時間がかかるんだったら、それに対するカウンターでHIPHOPとかが流行る流れになるのかなと。しかも、今の世の中に対してものを言っているのは、反体制的なアプローチなカラーが強かったロックよりも、ラップやHIPHOPをやってる人たちが多いんですよね。

山岡:言葉にかけるウエイトが違いますからね。楽器が使えない環境でレコードプレーヤーを楽器代わりにして自分たちの言葉を載せるところから始まっていますから。ラップは言いたいことを言う、そして何を言うかで評価されるわけですから。その時に自分の言いたいことを言って共感を得るのは一番気持ちいいですよね。

手島:あと、これは日本だけかもしれないですけど、ボカロPの人たち。彼らもパソコンがあれば曲を作れる。匿名性があるからだと思うんですけど、政治や思想的なことじゃなくても、踏み込んだ内容のことを言っていたりしますよね。

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