『Kid A』から20年、トム・ヨークの音楽は今も「政治的」なのか?

トム・ヨーク(Photo by Alex Lake)



マーヴィン・リンの著書『レディオヘッド/キッドA』(ele-king books)を紐解いて「キッドAのアクティヴィズム」という章を読んでみれば、バンド・メンバーたちが『Kid A』(2000年)の制作中にジャーナリストのナオミ・クラインに入れ込んでいたことがよくわかる。クラインの主張とは、反グローバリゼーションだ。それ以外にも、『Kid A』には気候変動と環境問題、遺伝子組み換え食品などに対する黙示録的な恐怖感が織り込まれており、それらは次章「キッドAの黙示録」で詳しく分析されている。

約20年前のこうした問題意識は現在も一貫している。トムは環境政党である緑の党の支援者で、2010年に党員(当時)のトニー・ジュニパーのベネフィット・ライブを行っている。また最近で言えば、2015年に環境NGOのグリーンピースによるデモでDJを行い、2018年には楽曲の提供もしている。


トムが提供した楽曲「Hands Off The Antarctic」のMVには、グリーンピースが撮影した南極の光景が使用されている。

レディオヘッドないしトム・ヨークが不安を表現しているのだとすればそれは、基本的には悪い方向へと動き続ける世界と、それに比べてあまりにも卑小な個人の存在とが擦れ合って鳴る軋みのようなものから音楽が生まれているからだと言っていいだろう。かつてトムは『Kid A』の「Idioteque」で、(彼が危惧する地球温暖化とは真逆だが)「氷河期が来る」「本当に起こっていることなんだ」と神経質に繰り返し歌っていた。彼お得意と言っていいかもしれないそのディストピックなヴィジョンは、ソロ新作『ANIMA』にも見い出せる。

例えば、Crackによるインタビューでトムは、東京に来た際に時差ボケで苦しみ、人間とネズミが入れ替わった様子を夢に見たと語っている。ネズミがヒールを履いて街を歩く一方、人間たちは排水溝の中に潜んでいるという、どこかジョージ・オーウェル的なその光景は、『ANIMA』の収録曲「Last I Heard (...He Was Circling The Drain)」で直接的に歌われている。



「ゴミと一緒に出され/側溝を掻き分け 側溝を泳ぎ抜き/飲み込まれる 飲み込まれる/都会に 都会に 都会に/ドブネズミ大の人間たち」

この歌詞は、ベジタリアンであり、動物の権利擁護にも熱心なトムが、街の片隅を駆けずり回るネズミの視点から人間社会を恐怖心と共に見ている、と読むこともできるだろう。だが、アルバムと同時に公開されたポール・トーマス・アンダーソン監督のショート・フィルム『ANIMA』(Netflixで配信中)を見ると、それよりも人間集団のありようについてのリリックのように思えてくる。

ショート・フィルムの冒頭は、ロンドンのチューブ(地下鉄)と思しき場所が舞台だ。トムも含む乗客は、みな薄暗い色の衣服を身に纏って眠っている。「Not the News」の躍動的なビートが刻まれ出すと、乗客たちは睡眠をモチーフとしたダンスを始める。それぞれの動きに微妙なズレはあるが、ダンスは集団的で画一的でパターン化されており、どこかゾンビのようだ。トムが飲み込まれていく集団は、ガクッと眠りに落ちるような動きを繰り返しながら歩いており、眠りながら移動しているかに見える。トムはその一部として巻き込まれながらも、抵抗する。そのさまは、集団(心理)との相克を描いているかのようだ。



トムは『ANIMA』の着想源となった“夢”について、「みんなが仕事に行くために移動しようとしていたけれど、体がもう移動したくないと言っていた。体が言うことを聞かないから、みんな不本意な動きをしていたというイメージ」と語る。これは、映画の冒頭場面でそのまま再現されていると言っていいだろう。また、ゼイン・ロウによる別のインタビューでトムは、「僕らはデバイスに言われたことに従うようになり始めていて、振る舞い方まで真似するようになってしまったという現状もある」とも言っている。こうした問題意識も、ショート・フィルムに直接的に表れていると考えられる。

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