追悼:ルーク・ペリー、生涯を代表する役柄「ディラン・マッケイ」の魅力

ルーク・ペリー(1966~2019年)Spelling/Kobal/REX/Shutterstock


いかにも90年代らしく、ディランはフェミニズムの精神を固く信じ、弱いものいじめを何より嫌っていた。ウェストビバリーヒルズ高校の不良たちに向かって彼が言ったように、「この国の悲劇は、お前らみたいな負け犬が国を動かしてることだ」 当時、ポップカルチャーの状況は急激に変化を遂げていた――ちょうどニルヴァーナやパール・ジャムが彗星のごとく現れた時期で、ライオットガールという言葉が日常語となり、ディランは新時代の王子様となった。それから、彼とアンドレア・ザッカーマンとの胸を打つ友情。番組の中で彼女の役回りは「秀才」。2人ともそれぞれに疎外感を感じ、互いに相手を深く理解していた。彼が彼女に言う、「自分らしくいられるんだ、何にも縛られずにね。君は俺から何も期待しない。他のみんなとは違う」 私はどうしようもないほどディラン&アンドレア組の崇拝者なのだが、死ぬまでこの道一筋で生きていこうと思う。

『ビバリーヒルズ高校白書』はこれまでの若者向けTVドラマ以上に、摂食障害や性的暴力といった問題と真摯に向き合った。ディランは当時のTVドラマでは極めて珍しい、元麻薬中毒という役柄だった。初めて元中毒患者の集会に参加し、「支援者」までいた。とあるエピソードの中で、彼は再び麻薬に手を染める――詐欺を働いた父親がひょっこり姿を現し、群衆にボコボコに殴られた末、実は父はFBI捜査官だった、というエピソードだ(バカバカしさと騒々しさが同居した、『ビバヒル』らしさの真骨頂)。最後に、青年は自分のインナーチャイルド(胸の奥に眠る子どもの自分)と出会う――この少年は、エンディングでも「ディランのインナーチャイルド」としてクレジットされている――そして最後は少年の肩に手を回し、やさしく抱きしめる。バックに流れるのは、ウィリアムズ・ブラザーズの「Can’t Cry Hard Enough」。いかにもメロドラマちっくだが、感動的な場面でもある。ルーク・ペリーの真正直な一面のおかげだ。

番組がヒットした時、彼は年齢を明かさなかった――その手の個人情報を、スターがまんまと隠し通せた最後の時代といえよう(彼は1966年10月生まれ、カート・コバーンよりも数か月先輩)。1993年にローリングストーン誌の表紙を飾った時、彼は自分がオハイオ州の小さな町の出身であること、ドアノブ工場で働いていたことを明かした。「掃除して、でかいガラクタを片付けて、薬品の廃棄物を片付けて…… あれはひどかった」 彼は、当時同じように人気を博したブラッド・ピットの、庶民的な魅力を備えていた。「パイロット版の後、少々危険なにおいのする、ややとがったキャラクターが必要だと感じた。そうして生まれたのがディランという人物だ」と、脚本家のアーロン・スペリングが語った。「ルークがオーディションに現れたとき」と、製作者のダレン・スターも言う。「まるで『ワオ、彼だ』と思った。彼はまさにジェイムズ・ディーンの生まれ変わりのように見えた。でも、意図して真似しているわけじゃない――それが彼の素の姿だったんだ」 事実、彼はジェームズ・ディーンにあまりにもそっくりなので、全編『理由なき反抗』をモチーフにしたエピソードもあったくらいだ。ホットロード達がチキンレースをするシーンも出てくる。(ちなみにこれは傑作エピソードだ。とくにディランが小ばかにしたように「ヘイお前たち、不良少年ごっこをやりたいなら受けて立つぜ」というシーンはたまらない)

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