ザ・キュアーの元ドラマー、アンディ・アンダーソン68歳で逝去

アンディ・アンダーソン(写真:右から2番目)が68歳で逝去(Fin Costello/Redferns/Getty Images )


アンダーソンはオリジナルのドラマー、ローレンス・“ロル”・トルハーストがキーボードに転向した後の1983年にザ・キュアーに参加した。

ザ・キュアーでの最初の仕事は1983年のシングルコレクション『日本人の囁き』収録の2曲「スピーク・マイ・ランゲージ」と、イギリスでバンドが初めてトップ10入りを果たした「ラヴキャッツ」である。アンダーソンは1984年の『ザ・トップ』のレコーディングやライブアルバム『コンサート』にも参加している。

1951年ロンドン郊外のウェストハムに生まれたアンダーソンは、ホークウインドのメンバーの様々なサイドプロジェクトに協力したのがプロミュージシャンとしてのスタートだった。ニック・ターナーズ・スフィンクスの1978年のアルバム『エキサイティントゥデイ』に参加し、アンドロイド・アンダーソンとしてクレジットされている。また、スティーヴ・ヒレッジの3枚のLP『グリーン』『ライヴ・ヘラルド』『オープン』でも演奏した。アンダーソンはホークウインドの1983年のツアーに参加していたが彼らとレコーディングをすることはなかった。しかし、彼はロバート・スミスとスージー・アンド・ザ・バンシーズのサイドプロジェクト、ザ・グローヴに参加するためにホークウインドを離れた。ザ・グローヴは1983年に唯一のアルバム『ブルー・サンシャイン』をリリースした。

ザ・キュアーでの仕事以降、アンダーソンはセッションミュージシャンとして長期にわたる成功を収めた。彼はキャリアを通じてイギー・ポップやジェフリー・リー・ピアース、セックス・ピストルズのグレン・マトロック、エドウィン・コリンズ、ピーター・ガブリエル、アイザック・ヘイズなどと仕事をしてきたが、最近はソロアーティストとして広範囲に活動していた。正式にアルバムをリリースすることはなかったがAAMuzikの名義で数々の曲を公開していた。

Translated by Takayuki Matsumoto

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