名優トム・ハンクスの演技論:さっきやったことはもうやらない「自由さ」

シェパードが続けた。「僕自身、『ほぼ完璧だけど、一カ所だけ変えてもう一度やってみよう』という演技のトラップに陥らないように必死だ。このトラップにハマるとクリエイティヴさが消滅してしまうんだよ。トムはシーンによって異なるやり方で演じるし、彼はさっきやったことはもうやらないという自由さを持っているね」

これまで出演した映画で、演技していないような自然さでセリフを言うという手品を、ハンクスは繰り返し成功させてきた。例えば、HIVに感染した弁護士、置き去りにされた生産効率向上の専門家、間抜けな億万長者、役立たずの野球監督……。キャラクターの信念、リズム、生活のあらゆる場面での感情が本物に見えるのだ。ハンクスはどんなキャラクターであっても、一生懸命その人間の人生を細部まで構築して演じるため、スクリーンでそのキャラクターの人生の一部を切り取っても人工的な感じが一切しないのである。

ハンクスが自分のキャラクターの動機を監督に確かめることは絶対にない。彼はそれを考え出すのは役者の仕事と信じている。「だって、机から立ち上がって窓の外を見ないと、通りの向かいの電話ボックスに悪人がいるって気付かないだろう。だから、どうして机から立ち上がって窓まで歩いて行くのか、その理由を役者が考えるべきなんだ。それが究極のフェイクであっても、そこに理由など一切ないにしても、役者はキャラクターが立ち上がって窓辺に歩く理由に共感しないとダメってことだ」

彼はメソッド演技を学んだ役者ではないし、映画の撮影期間中ずっと役に入ったままの役者を解雇したこともある。

『キャスト・アウェイ』でげっそりとやせ衰えた演技をするときに、どんな記憶を思い起こしたのかと聞いてみたところ、彼は皮肉っぽい口調で「目をつぶって7歳のときに死んだ愛犬を思い出したって言ってほしいわけ? そんなふうには行かない。ただ単に演技しただけだよ。だって、それで収入を得ているんだから」と答えた。

『めぐり逢えたら』と『ユー・ガット・メール』の監督ノーラ・エフロンが「あまり人に教えたくないような、自分の心の深いところにある希望や恐怖ーーそういうものからハンクスは演技を引き出しているように見えるけど、彼がそのことについて語ることはない。だって、それは彼以外には関係のないことだし、それがフロイト出現前の究極のアメリカでもあるのよ」と語った。

『パンチライン』と『フォレスト・ガンプ/一期一会』で共演したサリー・フィールドはこんなふうに説明してくれた。「心の奥底に他の誰かがいるの。ダークな性格の誰かが。それは男性ね。少年じゃない。大人で、こっちが気付くくらいものすごい怒りを抱えている。その人はスクリーンでその怒りを隠す必要がないと思っているの。隠すのはスクリーンに映っていないときよ」と。

フィールドの説明が当たっているかとハンクスに直接聞いてみたが、彼はその点を掘り下げないことにした。自分の人生の幾つかの側面は私的な部分として残したい、と。そして、簡単に絞り出せる感情の備蓄はとっくの昔に使い切ったと話してくれた。「何度も掘り出すことができるからね。でも、もう人生の感情は枯渇しているから、少し貯め込まないといけないな」

人生経験、深い部分にある心の闇、勤勉さを駆使して、ハンクスは演じるために必要な集中力を常に発揮できる役者へと到達した。映画の撮影現場で、自分の視界の端にでも人が見えると途端に腹を立てる役者もいる(有名なところでは『ターミネーター4』撮影中のクリスチャン・ベールがこの問題で激しいかんしゃくを起こしたことがある)。

「演じることの人為的な部分に目を向けてしまうとキャラクターに入り込むことは無理だね」とハンクス。「神経はすべて自分を保護してくれる、自分を囲む大きなシャボン玉に向けるべきなんだ」と。

撮影クルーが「ここにいて大丈夫?」や「視線に入ってない?」と聞くことがある。ハンクスの答えはいつも「君の姿すら見えないよ」だ。

仕事に対するハンクスの勤勉さは目に見える結果を生んだ。彼は役者として絶え間なく成長してきた。しかし、演じている瞬間は自分の演技が大丈夫か判断するのが難しいと言う。「撮影を終えて帰宅して『今日の演技は良かったぞ』と言うとする。でも映画の中でその演技が死んだ魚みたいに見えることがあるね。また、『今日の演技は自分でもよく分からない。セリフすら覚えていないもの』と言いながら来る日も来る日も演じることがある。そういう演技が映画の中で最高のシーンを作っていたりするんだ」と言って、「自分の演技が分かっているっていう連中は嘘つきか、正気を失うほど演技に取り憑かれているかのどっちかだね」と結論付けたのだった。

Translated by Miki Nakayama

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