名優トム・ハンクスの演技論:さっきやったことはもうやらない「自由さ」

ハンクスが付け加える。「面白さなど必要ないタイミングで面白いのは犯罪だ。面白くあるべきタイミングで面白くないのは最悪の罪業だ。みんな、どっちの罪も犯したくないって思うはず。チェーホフだろうが、イプセンだろうが、絶対にしない。ネットワークTVで女装している男の口から出てくる言葉にしては、かなり高尚だろ?」

ゲイリー・マーシャルが『恋の邪魔者』にハンクスをキャスティングした後、ハンクスに好みの演出方法を聞いた。ハンクスの答えは、役柄の動機を探る抽象的で長ったらしい話し合いは好かない、「もっと大きく」、「もっと柔らかく」、「もっとゆっくり」、「もっと早く」、「もっと明るく」、「もっと暗く」、「もっと利口に」、「もっとうろたえて」、「気付く」、「気付かない」という簡単な指示なら上手く対応できる、だった。「トムとなら、この言葉だけで問題なく映画を1本作ることができる」と、マーシャルが教えてくれた。

かつてハンクスが心の底から欲しかったものが「撮影スケジュール」だ。事前に大事なシーンが次に撮影されると知っていれば、それまでに準備を整え、撮影に向けて自分のペースを合わせ、撮影に必要なエネルギーと集中力を維持できるからだ。

大事なシーン、例えば泣くシーンがそうだが、ハンクスは自分のトレーラーにこもって周囲から隔離し、感情の最大の高まりを維持することを常としていた。しかし、当初1時間だった待ち時間が4時間に伸びたりすると、これが非常に困難になってくる。「こんなふうに取り組んで、やっと演技を終えると、気力も体力も使い果たしてしまう。そして『このやり方じゃ続かない』と思うようになる」と、昔を思い出してハンクスが言う。「今では『ほら、準備してきたよ。ちょっと待てば大丈夫だって分かっているから』って状態だ。

映画『ブリッジ・オブ・スパイ』でハンクスの敵役を演じたスコット・シェパードは、ある日、セットでハンクスの演技テクニックに神経を集中させてみた。最高裁判所の前でハンクスが演じるキャラクターが口論するシーンだった。シェパードのキャラクターはそれを見ている群衆の中にいた。「あのシーンではエキストラとして出演した」とシェパード。シェパードはハンクスがスピーチする演技を何度も繰り返す様子をじっと観察していたのである。

「彼の演技を分析して理解するのが本当に楽しかった。だって、表に見えない部分にいろんなものが入っていたから」と言って、シェパードが続けた。「他の人たちはテイクとテイクの間はヘッドフォンをしていて、彼らなりのやり方があるようだった」と。そのときハンクスが行ったことは、助監督の「アクション」という掛け声が終わる前に既に演技を始めていたことだった。シェパードは「プロフェッショナルなやり方で、効率も良い。同時に考えすぎるのを防ぐ良い方法でもある。最初からスピーチをする演技に入っていて、あれこれ演技のやり方に思いを巡らす前に演技を終えるという妥協をしないとダメなんだよ、役者は」と説明した。

Translated by Miki Nakayama

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