再生回数10億を記録、歌姫カミラ・カベロが描いたアメリカン・ドリーム

Peggy Sirota for Rolling Stone


自身の歌声の魅力に薄々気付いていたカベロは、両親が留守の間を見計らって、地下にあるカラオケマシンで歌の練習をしていた。ビヨンセの「リッスン」(編注:ミュージカル映画『ドリームガールズ』の挿入曲)を学校のミュージカルのオーディションで披露した際、彼女は担任の教師に自分を主役にしないでほしいと申し出たという。シャイだった彼女は、ミュージシャンという仕事は自分には向かないと考えていた。「アーティストの多くは『子どもの頃は家族をリビングに集めて、自分の歌を聴かせてた』なんていうエピソードを持ってるけど、私はそんな子どもじゃなかったの」

彼女の母親も、ショービジネスの世界には懐疑的だった。「この娘がこういう道に進むことには不安もあった」。エストラバオはそう話す。「孤独な人生を歩むことになるもの。でもそれが彼女のやりたい事であり、自ら選んだ道なんだから仕方ないわ」。『Xファクター』のオーディションを受けたとき、カベロが意識したのは何百万人もの視聴者ではなく、それが何のコネも持たない自分が音楽業界に足を踏み入れるために手にした、千載一遇のチャンスであるということだった。

またそれは、自分という人間を作り変える機会でもあった。『Xファクター』のオーディションにおいて、彼女はファーストネームのカーラではなく、ミドルネームのカミラを名乗った。シャイなカーラとは異なり、カミラはチャーミングでお茶目、そして極めて親しみやすいキャラクターだった。「すごくシャイな人が見知らぬ大勢の視線に晒された瞬間、思い描いた自分に変身することってあるでしょ? 『Xファクター』で私が経験したのは、まさにそれだったの」

2017年の冬、ソロ活動を開始するにあたって、カベロは今一度生まれ変わらねばならなかった。マネージャーは彼女がリストアップした一流プロデューサーたちとコンタクトを取り、スタジオでの作曲セッションをアレンジした。「フランク(・デュークス)、ファレル、マックス・マーティンなど、トッププロデューサーたちと初めてスタジオに入るときは、いつもすごく緊張した」彼女はそう話す。「そんな時はいつもまずトイレに行って、深呼吸して気持ちを落ち着かせてた」。その時点では関係者の誰一人として、彼女が作曲プロセスに深く携わることになるとは思っていなかった。「他人が書いた曲を歌うだけのグループにいたんだから、無理もないわよね」。彼女はそう話す。「プロデューサーが『今日はこんなアイデアを試してみよう。最終的にはこんな曲にしたい』みたいな感じで切り出すたびに、『今日この場で試してみたいコンセプトが他にあるの』と言って、私はバッグからラップトップを取り出して、歌詞まで仕上げた曲を聴かせたりした。私が何かを提案するたびに、彼らは驚いてたわ」

アルバムに採用された初の自作曲は、彼女が温めていたという曲名のイメージに合わせて、セッション初週にデュークが提案したビートから生まれた「ハバナ」だった。最初の15秒こそ難なく決まったものの、同曲の制作は難航したという。「数え切れないほど修正を加えたわ。ウマの合う人を見つけてはスタジオ入りして、いろんなアイデアを試したけど、どれもピンと来なかった」そんな状況下でカベロとデュークスが協力を求めた人物、それはファレルだった。彼女の誕生日だったその日、2人は彼に未完成の「ハバナ」を聴かせた上でこう言った。「この曲は大きな可能性を秘めてると思う。曲を完成させるために、あなたの力を借りたいの」その日のセッションを終えた頃には、同曲はほぼ完成していた。

その後の過程も決してスムーズではなかった。「あの曲をシングルカットすることに、誰もが反対してたの」。カベロはそう話す。「ラジオでかけてもらうにはスローでチルすぎる、そんな風に言われてた」結局カベロが押し切る形でシングルカットされた「ハバナ」は、23カ国でチャートの首位を記録した。「あの経験からは大切なことを学んだわ。どんなときも『うまくいくだろう』なんて希望的観測じゃなく、自分の直感を信じるべきなの」


2018年ステージでのカベロ(GETTY IMAGES FOR EXTRA)

「ハバナ」が支持された理由のひとつに、同曲が彼女の過去と結びついていることが挙げられる。イントロダクションやファンファーレもなく、カベロがラテンのルーツをアメリカのポップカルチャーに植え付けたことは、今日のアメリカ社会においては挑戦的にさえ感じられる。それは「インサイド・アウト」や、主導権を握ろうとする女性像をダンスホールのリズムと共に描く「シー・ラヴズ・コントロール」といった曲にも共通している。「その点は制作の段階から意識していたんだ」。デュークスはそう話す。「押しつけがましくならずに、人々の共感を呼ぶものにしたかった」

Translated by Masaaki Yoshida

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