1970年代にローリングストーン誌が愛したロック・アルバム20枚

Photo: (Gems/Redferns/Getty; GAB Archive/Redferns/Getty)


フランキー・ミラー・バンド『ザ・ロック』

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スコットランドのロック歌手フランキー・ミラーは、プロデューサーのエリオット・メイザーと一緒にサード・アルバムに取り組んだ。メイザーはコラボとしてエドウィン・ホーキンスやメンフィス・ホーンズを招き、彼の音楽の魂のこもった部分を強調させた。サンフランシスコでレコーディングを実施した『ザ・ロック』はアルカトラズにちなんでタイトルがつけられ、上手く計画された脱獄のような刺激があった。1994年にミラーが脳溢血で倒れ、5か月間の昏睡状態から回復した時、彼はジョー・ウォルシュとニッキー・ホプキンスとともに新しいバンドを始めた。

当時の本誌レヴュー:「声について言えば、ミラーのしわがれているがしなやかな声と迫力ある発声法はオーティス・レディングの部類に入るだろう。ミラーは昨年出現したどんなヴォーカリストよりも優れた技術と振る舞う術を備えている。この力強く賢い、若きシンガー・ソングライターに足りないのは観客だけだが、『ザ・ロック』はその問題を解決できるはずだ。」by Bud Scoppa、RS 199号(1975年11月6日)

クラック・ザ・スカイ『クラック・ザ・スカイ』

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このウェスト・ヴァージニアのプログレッシヴ・ロック・バンドは、ロックとファンク、弦セクションを組み合わせ、ヴォーカルのジョン・パルンボによるメディア起因の精神分裂病について書いた歌詞を完璧に反映する、「見事なスタイルの多様性」を持った耳障りなアルバムを作った。このアルバムは大ヒットしなかったが、クラック・ザ・スカイはボルティモアで人気を得たため、メリーランド州を中心に今日まで活動を続けてきた。リリースしたアルバムは20作を超える。

当時の本誌レヴュー:「スティーリー・ダンや10cc、ザ・チューブスのデビュー・アルバムのように、クラック・ザ・スカイのデビューも、芸術家ぶった印象を与えずに独創的でユーモアに富み、洗練された、70年代半ばのアンニュイなヴィジョンがあることを披露するものだった…。もしパルンボの歌詞が70年代の冷笑主義のなかで最も新しいものであるなら、彼らの暗さはたいての音楽の明るく元気な力に反撃されるだろう。パルンボは従来型のメロディを避け、旋律の美しいフレーズを繰り返し、そして自分が築き上げた雰囲気を考え方が真逆なものを使って突然ぶち壊すのを好む。」─ by Stephen Holden、RS 203号(1976年1月1日)

デトロイト『デトロイト』

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ミッチ・ライダーは、デトロイト・ホイールズからヒット曲が出た60年代から数年経っただけだが、彼のキャリアが岩礁に乗り上げ、彼自身が愚かなヴェガススタイルのソウル風刺劇を演じるには十分な年数だった。このアルバムは彼の自傷行為で負った傷からの復活劇である。新しいバンドの印象的なデビューは、ライダーが「この時代で最も重要なブルー・アイド・ソウルのスクリーマーのひとり」であることを示すものだった。このフルアルバムは、後にキッスやピンク・フロイドの作品を手掛けた若きボブ・エズリンによってプロデュースされた。ブルース・スプリングスティーンが「デトロイト・メドレー」で頻繁にライダーのヒット曲を生演奏してきたことにより、ライダーの評判は数十年経った今でも変わらない。

当時の本誌レヴュー:「ドラム演奏は例外なく非常に力強いもので、ベース演奏もまさにすごいのひと言だ。特にレイ・デイヴィスの「イット・エイント・イージー」では、確実に最善の表現方法になるようにベースが演奏されている。あなたの期待どおり、曲はうるさくなればなるほど、より良いものになる。しかし、私がデトロイトでいちばん好きな要素は、彼らが自分の音楽に精神を捧げているようなところだと思う。そのおかげで、たとえ彼らのアルバムが野良犬のように弱々しく進むものだとしても、そのアルバムは少し特別なものになるだろう。」by Lenny Kaye、RS 97号(1971年12月9日)

Translation by Shizuka De Luca

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