ストーンズやポスト・マローンとも共演、レイニー・ウィルソンが語る「カントリー音楽の今」

レイニー・ウィルソン

 
昨年11月、カントリー・ミュージック協会主催のCMAアワードで、女性としては2011年のテイラー・スウィフト以来だというエンターテイナー・オブ・ジ・イヤーに選ばれ、目下カントリー界の頂点に君臨しているのが、このレイニー・ウィルソンである。長い下積みを経て3年前にブレイクし、前作『Bell Bottom Country』(2022年)でCMAに加えて同じくシーンを代表するイベント、ACMアワード(カントリー・ミュージック・アカデミー主催の)の主要部門を総なめにし、グラミー賞最優秀カントリー・アルバム賞も受賞。さる6月にザ・ローリング・ストーンズのシカゴ公演で前座を務めたり、カントリーに接近するポスト・マローンの最新作『F-1 Trillion』に客演したことも、注目度の高さを物語っていると言えるのだろう。

そんな彼女は8月末に5作目にあたる『Whirlwind』を発表し、全米ビルボード200で初のトップ10入りを記録(最高8位)。目まぐるしく変わる環境に動じることなくツアーバンドと重厚な音を鳴らし、自由奔放で旺盛なウィットや包容力を備え、タフだけど脆さをさらすことを厭わない、自身のパーソナリティの多様なレイヤーを活き活きと描き出す同アルバムは、『Bell Bottom Country』に劣らぬ快作だ。

当然ながら超多忙なレイニーはこのたび日本のメディアとしては初のインタビューに応じてくれたのだが、なんと指定された時間は、現地の夜中12時過ぎ。全米ツアーの途中、アイダホ州ボイーズでの公演を終えてひと息ついたところだという。それでも上機嫌で、かなり濃いめの南部訛りの謙虚で誠実な言葉で、自身の活動スタンスやニュー・アルバムについて饒舌に話してくれた。“きっぷのいい”という言葉がなんともよく似合う彼女、ロックファンにも十分に訴求力を持つサウンド志向でもあるだけに、日本でもファンが増えることを願うばかりだ。




「ベルボトム・カントリー」を育んだ音楽遍歴

―あなたはしばしば自分の出自に抱く誇りを語っていますが、ホームタウンであるルイジアナ州のバスキンってどんな町なんですか?

レイニー:えっと、 2マイル四方に収まる広さで、一カ所も信号がないし、現実には“村”と呼ぶのが正しいんでしょうね。人口は180人くらいかな。全員が家族だと言って過言じゃないくらいに結び付きが強くて、お互いを必要としている時も、必要としていない時にも常に傍にいるっていうか(笑)。みんなだいたい農家で、私の実家でもとうもろこしや小麦、大麦、大豆なんかを栽培していた。ハードワークを厭わない善良な人たちばかりだし、子ども時代を過ごすには最高の環境で、まさにああいう場所で育ったからこそ今の私があるんだと思ってる。

―スーパースターになった今では、帰郷したら大騒ぎになるんでしょうか?

レイニー:全然そんなことはなくて、子どもの頃と変わらない態度で接してくれるというのが、素晴らしいところなの。昔の私を知ってるから、バスキンの人々にとっては永遠に“愛すべきレイニーちゃん”のままなんでしょうね。もちろん私を通じて町の名前が広く知られるようになったわけだから、誇りに感じてはくれているけど。


Tiny Desk Concert出演時の映像(今年8月公開)

―そんな町で、幼い頃からカントリー・ミュージック一筋で育ったそうですね。

レイニー:ええ。バスキンで暮らす人間にとってカントリー・ミュージックは特定の音楽を指すジャンルではなくて、音楽=カントリーだったから。ラジオから流れてくる曲を聞いていると歌い手に共感できたし、彼らを個人的に知っているかのように思えた。特に私が育った90年代のカントリー・アーティストたちが伝えるストーリーは、まさに私や私の周りの人たちの生活そのもので、私たちの人生のサウンドトラックみたいだったな。でも、カントリー・ミュージックはアメリカ人の心だけに訴える音楽じゃないし、今では世界中の人々を惹きつけていて、各地を旅して出自が異なる人たちと接する機会が増えるにつれて、みんなが考えている以上に私たちにはたくさんの共通項があるんだって実感してる。

―90年代と言えば女性アーティストがカントリー界を席巻していた時期ですから、余計にインスパイアされたんでしょうね。

レイニー:その通り。ザ・チックスやシャナイア・トウェイン、フェイス・ヒル、マーティナ・マクブライド、トリーシャ・イヤーウッドといった大勢の女性たちが、私みたいなアーティストのために道を切り拓いてくれた。今では彼女たちを“友人”と呼べるようになったわけだから、すごく光栄に思ってる。

―と同時に、70年代ロックやサザン・ロックの影響もあなたの曲には色濃く表れています。

レイニー:そう、ロックもたくさん聞いたし、バスキンでは日が暮れて大人たちが一杯やろうっていう時間になると、ロックが聞こえてきた。我が家ではボブ・シーガーやザ・ローリング・ストーンズ、レイナード・スキナードなんかがかかっていたかな。あと、子どもの頃に通っていたダンス教室からの帰り、車の中でいつもロックを聞きながら、後部座席でエアギターをしていたのを覚えてる(笑)。だからロックのヴァイブだったりラウドなギターにはグっと来るものがあって、曲にも自然に表れるんでしょうね。

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ザ・ローリング・ストーンズ、ポスト・マローンと共演

―あなたは9歳の時にはミュージシャンになると決意したそうですが、高校卒業後プロを目指してカントリーの発信地ナッシュヴィルに移り住んでから、ブレイクに至るまで、10年近く下積み期間がありました。あの町で成功するには何が必要なんだと思いますか?

レイニー:まず、気概と信念は必須かな。私の場合、音楽以外に得意なことはなかったし、「うまく行かなかったらこっちをやろう」みたいに代替策を考えているようじゃ成功はできないと思ったから、全てを音楽に賭けて、いつか必ず自分が必要とする人たちと出会えるに違いないと信じていた。それはつまり一緒に曲を書いたり、ビジネス面を取り仕切ってくれて、ひとりの人間かつアーティストとして私の可能性を信じ、私のヴィジョンを形にする手助けをしてくれる人たちってこと。あとは、既成概念にとらわれないことも大切なんだと思う。

―じゃあ、キャリアが軌道に乗ったなと手応えを得たのはいつ頃でした?

レイニー:実は、ようやくそういう気持ちになれたのは、去年のCMAアワードが終わった時だった(笑)。それ以前にカントリー・ラジオのエアプレイ・チャートで何度かナンバーワンになってはいたんだけど、まだ成功を手にしたという実感がなくて。ただ、そう言いつつも「目標は達成できた」と満足してしまう日が永遠に訪れないよう願ってる。これからも私は上を目指して走り続ける原動力を維持したいし、CMAアワードの結果を受けて本当に多くの人たちが応援してくれるようになって、たくさんの愛情と信頼を寄せてくれた。「ああ、この業界に自分の居場所を確立できたな」って思えたし、この先も頑張ろうっていう勇気ももらえたっけ。

―CMAアワードに限らず多数の音楽賞をもたらしたのが、2022年発表のアルバム『Bell Bottom Country』であり、キャリア最大のヒット作になりました。あなたにとってどんな意味を持つ作品なんでしょう?

レイニー:作っている時から、すごくスペシャルな作品になるという予感はあったけど、あそこまで多くを達成できるとは思ってもみなかった(笑)。今だにその余波が続いているし、本当にクレイジーな展開になった。あのアルバムは、私がどういう人間で、音楽で何を表現したいのかっていうことを総括するイントロダクションみたいなもの。自分を自分たらしめている物事を重視し、自分の訛りだったりファッションの嗜好に表れる出自に誇りを持とうという考えに根差しているから、今後キャリアを積み重ねるにあたってこれ以上なく強固な土台ができたような気がするし、心から誇りに思ってる。




―あなたは以前からしばしば自分の音楽を“Bell Bottom Country”と形容してきましたよね。どんな風に定義しているんですか?

レイニー:斬新でありながらどこか親しみが持てるカントリー・ミュージック、かな。長年組んでいるプロデューサーのジェイ・ジョイスが選ぶ楽器の一音一音から、歌詞の一句一句に至るまで、どこか風変りなところがありながらも、懐かしさや心地良さがある。『Bell Bottom Country』ではそのマジカルなバランス感を見出せたがゆえに、スペシャルな作品になったんだと思う。

―ベルボトムはちなみに、カントリー界のベスト・ドレッサーのひとりとして常に名前が挙がるあなたの、定番ファッション・アイテムでもあります。やはりカントリーとロックが混じり合ったグラマラスな70年代テイストのスタイルは、どんな風に形作られたんですか?

レイニー:そもそもレトロなスタイルが好きになったきっかけは、9歳の時に生まれて初めてベルボトムのパンツを履いてすごく気分がアガったという体験に遡るんだけど、ナッシュヴィルで活動するにあたって何か人の目を引くことをしなければと思って、ファッションで自分を差別化することにしたの。以来、ベルボトムのパンツとカウボーイ・ハットのコンビネーションで出歩くようになって、最初は周りの人たちが「何それ?」って困惑していたけど、だんだん定着したってわけ。

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