スピード狂、麻薬密売、薬物乱用…カントリーの旗手、エルヴィー・シェーンが語る波瀾万丈の人生

Photo by NATHAN CHAPMAN

2020年発表の楽曲「My Boy」で脚光を浴びたカントリーシンガー、エルヴィー・シェーン(Elvie Shane)は労働者階級の新たな代弁者になろうとしている。1988年生まれでケンタッキー州出身の彼が、麻薬密売や薬物乱用を重ねた後に得た償いの日々を経て、いかにニューアルバム『Damascus』に昇華させたのかを語った。




筆者はボウリング・グリーン(ケンタッキー州)のレース場で、エルヴィー・シェーンと待ち合わせていた。約束の時間まで数時間という時に、着信があった。

痩せた体中にタトゥーを彫ったカントリー・シンガーが2020年にリリースした曲「My Boy」は、USカントリー・エアプレイ・チャートのNo.1を飾った。シェーンは、最高時速300km/hに迫る2024年型コルベットE-Rayを試乗するために、待ち合わせ場所へと向かっていた。その途中で彼は、車をぶっ飛ばす感覚がたまらない、などとテキスト・メッセージを送ってきたのだ。

「俺はあんたを一度しか殺せない。度肝を抜いてやるから楽しみにしていろ」と彼は書いてきた。

若い頃からスピード狂だったシェーンはかつて、愛車の1999年式三菱・ディアマンテに仲間の一人を乗せて、ケンタッキー州警察のパトカーを時速130km/hで振り切った。車のトランクには、1kgものマリファナが収まっていた。パトカーのサイレンとランプを背に受けながら、シェーンはさらにアクセルを踏み込み、同乗の友人をビビらせた。「Jump out or ride(飛び降りるか、このまま乗るかを選べ)」とシェーンは友人に言い放った(友人はもちろん乗りつづける方を選んだ)。後にシェーンは、その時に口にした「Jump out or ride」という言葉を、右肩にタトゥーとして彫り込んだ。コメディ映画の主人公リッキー・ボビーが言いそうなセリフだ。


NCMモータースポーツ・パーク(ケンタッキー州ボウリング・グリーン)で2024年型コルベットE-Rayを運転するエルヴィー・シェーン(Photo by COLE CARROLL/NCM MOTORSPORTS PARK)

シェーンは12万ドルのハイブリッド車コルベットE-Rayを試乗するために、NCMモータースポーツ・パークに現れた。チェック柄のVansを着てジーンズの裾を折り返した彼は、「Support Blue Collar(労働者の味方)」と書かれたTroll Co. Clothingのベースボール・キャップを被っていた。シェーンは、労働者階級の出身であることを誇りに思っている。待ち合わせ場所から45分ほどの場所にあるケンタッキー州のキャニービルで生まれたシェーンは、ボウリング・グリーンのウェスタン・ケンタッキー大学へと進学した。しかしその後、音楽活動に専念するため退学している。

ところがその後は、トラブル続きだった。「何度も捕まって、よく違反切符を切られた」とシェーンは言う。「バカばかりしていた」。

かつてナショナル・コルベット・ミュージアムで他のスタッフと一緒に敷地の草刈り仕事をしていた時、シェーンは乗っていた草刈り機を、展示していたスポーツカーにぶつけそうになって怒鳴られた。またある時は、捕まえてきたヘビを勤務先の造園会社のオフィス内に放したこともある。その後シェーンは解雇されたが、「オフィスの中にネズミが出て困っていたからさ」とニヤリと笑う。

シェーンは、自身のワイルドな性格を隠すことはない。例えば、熊手をかついだ悪魔を描いた上腕のタトゥーが、彼のやんちゃさを示している。筆者を助手席に乗せてコルベットのハンドルを握った彼は、いかにも不吉なセリフを吐いた。

「他人の運転で事故に遭ったら、それはムカつくよな」というシェーンの言葉が消えるか消えないうちに、我々の乗ったコルベットは全長約5kmのコースへと飛び出した。ヘアピンカーブを抜けて、コーナー手前の急ブレーキでは車外へ飛び出しそうになる。コーナーを立ち上がって直線に入るところで、シェーンはさらにアクセルを踏み込んだ。

「おお、これはヤバいぜ!」とシェーンは、唸るエンジン音に負けじと叫んだ。スピードメーターは165km/hを指している。「そこに座っているのもゾクゾクするだろう」とシェーンはこちらへ目を向ける。

彼の言うことは決して大げさではなかった。爽快な4周回を終えて、シェーンはコルベットをピットに停めた。我々の興奮が冷めるまで、しばらくかかった。「俺の愛車はフォードだが、今日からはコルベット・ファンになった」と息を整えながら、シェーンは言う。


NCMモータースポーツ・パーク(ケンタッキー州ボウリング・グリーン)を訪れたエルヴィー・シェーン(Photo by COLE CARROLL/NCM MOTORSPORTS PARK)

コルベットからより大人しいフォード・ブロンコに乗り換えて、我々はランチへ向かった。シェーンが連れて行ってくれたのは、オーバータイムと言う名前のスポーツバーだった。シェーンが厨房でピザを焼いていた時に、ウェイトレスとして働いていた妻のマンディと出会った場所だ。彼はブロンコをバックで駐車スペースに入れた。「前向きに駐車しておけば、いつでもすぐに逃げられるからな」と彼は言う。

35年の人生で、シェーンは何度も逃走を試みてきた。成功したこともあれば、失敗したこともある。シェーンは、当時の愛車だった三菱で警察のパトカーを振り切ったこともある。「勝手知ったる道だったからな」と彼は言う。しかし2009年に彼は、マリファナ密売の容疑で警察に逮捕された。当時のルームメイトに密告されたのだ。逮捕された夜に彼は、留置場から母親に電話をかけた。母親は彼に「朽ち落ちてしまえ」とだけ言って、電話を切った。「いつかこうなるだろう、と母は俺によく予言していた。そのとおりになってしまった」とシェーンは言う(今の二人は良い関係にある)。

シェーンは、ボウリング・グリーンで暮らしていた頃の処方薬やメタンフェタミンの乱用について、オープンに話す。ある時LSDでハイになっていた彼は、飼っていたピットブル犬のリードを放してしまった。隣家へ逃げ込んだ犬の後を、シェーンはハイな状態のまま追いかけたという。2013年に結婚する1年前、彼は薬を断ってクリーンな体となった。そしてギターを置いて、工場で働き始めた。

ある時シェーンは、同郷のケンタッキー出身の歌手スタージル・シンプソンが歌うホンキートンク曲「You Can Have the Crown」を聴いて衝撃を受ける。それをきっかけに、再び音楽の世界に戻る決心をした。彼はまた、同じくブルーグラス界のクリス・ステイプルトンや、ナッシュビルのカントリー・ロック・トリオであるザ・キャデラック・スリーの音楽にものめり込んだ。2023年にシェーンは、キャデラック・スリーとのコラボレーションを実現させた。共作したノリの良い楽曲「Hillbilly」は、薬物乱用を警告する内容の作品だ。

キャデラック・スリーのニール・メイソン曰く、バンドのメンバーとシェーンは「気の合う仲間」になったという。

「エルヴィーと会って一番印象的だったのは、彼のソングライティングだ。彼は自分の曲に対する独自の視点を持っている。その辺の奴らとは違うユニークな視点だ」とメイソンは証言する。「俺は、自分の内面や孤独感をテーマにする傾向があるが、彼も同じだった。彼は、もっと求めたいと思うことや、真剣に考えるべき問題なんかをテーマに歌っている」。

Translated by Smokva Tokyo

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