フローティング・ポインツが語る音楽制作とレコードディグの原点、宇多田ヒカルとの共同作業

Photo by Yukitaka Amemiya

 
現代の音楽界における最大の叡智を、フローティング・ポインツ(Floating Points)ことサム・シェパードと見做しても、それほど多くの文句は上がらないだろう。クラブシーンでの影響力は言うに及ばず。近年は故ファラオ・サンダースと大傑作『Promises』を共作し、昨年には、バレエ作品『Mere Mortals』がサンフランシスコ・バレエ団によって上演されるなど、ジャズやクラシックの方面でも活躍を見せている。これらは彼がマンチェスターの少年時代を過ごしたチェサム音楽院で培ったものから来るものでもある。

それと同時に、地元のレコードストアで経験した、ダンスミュージックとの出会いこそが、彼の作家としての軸となっている。そんなティーンの頃の原体験と、音楽制作の原点に立ち返ったのが最新作『Cascade』だ。2019年の前作『Crash』の続編という位置付けではあるが、よりフィジカルで、よりアクティブで、よりエクスプローシブなダンスミュージックに仕上がっている。その構築的な音楽から、楽理に則った作家だと思われがちであるが、このアルバムを聴けばそのイメージも変わるだろうし、本稿を読めば彼が極めて個人的で、衝動性を重んじる作家であることが理解できるはずだ。

先日開催されたフジロック出演の前日、サムにインタビューを敢行した。『Cascade』の制作背景や新たな試み、作品に忍ばせたマンチェスターでの思い出、DJ/ディガーとしての原点、彼がどのように音楽をディグっているか。さらに、最近は宇多田ヒカルとの仕事でも知られる彼は、お互いがもたらし合ってきたものについても語ってくれた。

※フローティング・ポインツ来日ツアーが決定、詳細は近日発表


Photo by Yukitaka Amemiya

―今作のタイトル『Cascade』は、階段状に下る滝のことを指しますよね。前作『Crush』の続編ということですが、一方で前日譚のようにも感じました。タイトルはどのような意図で命名したのでしょうか?

サム:(しばらく嬉しそうに笑って)さすが……君はよく分かってくれてる、そのとおり。前作『Crush』の続編を想定してデザインされた。でも、正直なところ『Crush』の前作のような気がしてるんだ。きっと音楽制作の基本に立ち戻ろうとしたからかもしれない。IDMのように複雑じゃない、マインドより身体に訴えかけるようなクラブ向けの音楽。『Crush』では一切やらなかったヘヴィなダンスミュージックを作ろうとした。そうだな、昔の作品に近いかな。ここ数年はバレエ作品やファラオ・サンダースとの作品を手がけたりしてきたから、それもあってヘヴィなものをやりたかった。



―あなたはジャンルを横断しながら様々な実験を続けていますが、今回の『Cascade』は近年の非クラブミュージック的な活動、それこそファラオとの『Promises』やバレエ作品とどのようにつながっていると言えそうですか?

サム:それらの影響は避けられない。でも、いわゆるアカデミックな音楽制作に囚われないようには意識的だった。当時はスコアを書いたり弾いたりピアノ漬けの日々で、いつもはスタジオですぐに曲をチェックできるけど、その頃はオーケストラに演奏してもらうまで一度も聴く機会がなかった。どちらも好きだけど、スケール感はまるで対極だったよ。『Promises』やバレエ作品に関われたのはありがたかった。エレクトロニックミュージックやダンスミュージックと一旦距離をとって、ニュアンスを踏まえた音楽と向き合う機会をくれたから。そうだな……つながりというよりは、むしろ別物というか。それでいて僕の作品なんだけど。



バレエ作品『Mere Mortals』のトレイラー映像

―中山晃子さんによる『Cascade』のアートワークには、前作と同じくリキッドライトアートが用いられていますが、前作は遠くから大きな模様を撮影したのに対し、今作は気泡にフォーカスして近くから撮影していますね。自分自身を細胞レベルまで探求した今作に相応しいアートですが、一連の液体/流動体をモチーフにする意図を教えてください。

サム:まずビジュアルに惹きつけられた。僕はマクロとミクロの関係性にずっと関心があって。マクロの世界って、ミクロの世界とある意味では同等なんだ。空に輝く星々を見て神秘的な世界の広がりに感動する。一方で星の内側をじっと見つめることも実は同じで、視点を変えてみると、そこにも神秘的な世界が存在する。そういうふうに音楽制作を捉えていて、特にエレクトロニックミュージックを作る時、サンプリングしたサウンドやテクスチャーってすごく静かだから、その一つ一つを拡大していくような作業なんだ。望遠鏡や顕微鏡で拡大することで、やっと僕らの目で認識できるようになるって面白いなって、芸術的な観点からもこのアイディアを気に入ってる。だから晃子の作品が好きなんだ。それから、彼女の作品は色の動きやパターンの変化を自然の偶然性に委ねている。偶然が織りなす美しさに惹かれた……そう、偶然の美しさ。


中山晃子が手がけた『Cascade』と『Crush』のアートワーク

―アルバムの最初に持ってきた楽曲が、2年前にシングルリリースしていた「Vocoder」だったのには驚きました。その年に発表された4曲のシングルから選ぶなら、非常に納得のいく選曲なのですが、なぜミックスし直して収録したのでしょうか?

サム:プレイするのが楽しくてさ、お気に入りの曲なんだ。「Vocoder」はリリース当時の僕の興味を形にしたような作品。最初に発表してから2年経った今、モダナイズっていうか……今の僕なりに再解釈したいと思ったんだ。バレエ作品やファラオ・サンダースとの経験は、ここ数年間ダンスミュージックに浸っていた僕をアカデミックなジャンルに引っ張り出してくれた。その間に数枚のシングルもリリースした。もしかしたらリリースしなかった方がよかったのかもしれないけど、その時はそうした方がいいと思った。それはやっぱり、ダンスミュージックに固執していたかったのかもしれない。今回のバージョンは新たな総括になってる気がする。(前バージョンと)少し似ているけど、エンディングは新鮮で、もっとエナジェティック。プロダクションも前よりいい。テクニック面でもサウンドはよくなってるし、僕のテクニックも成長した。だからといって、僕らしさは変わっていない。別の意味で変化したっていうか、辿ってきた過去を肯定してるような感じ。最後のチューンはよりヘヴィに新しくなった。

過去の作品が新たな作品を導くっていいなと思う。作品から作品へと受け継がれたコードもあって、実は『Promises』の最後のコードは『Mere Mortals』の最初のコードなんだ。アルバム間でつながり合っているのは面白いと思うし、すべての作品に連鎖していくのかもしれない。

Translated by Yumi Hasegawa, Natsumi Ueda

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