『SCIENCE FICTION』とは、宇多田ヒカルそのものだ──デビュー25周年ツアーをつやちゃんが総括

宇多田ヒカル(Photo by TEPPEI KISHIDA)

宇多田ヒカルの6年ぶりとなるツアー『HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024』の最終公演が、9月1日に神奈川・Kアリーナ横浜で開催された。当日の模様を、文筆家・ライターのつやちゃんがレポート。

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現在と過去、時空を超えて接続するマジック

台風が接近し雨が降ったりやんだりを繰り返す中、Kアリーナ横浜周辺は、肌にまとわりつくような蒸し暑さと異様な熱気でごった返していた。横浜市が進めているみなとみらい21地区のまちづくり計画によって、このエリアは先進的なコンセプトの施設が次々と完成しつつある。そう考えると、初のベストアルバム『SCIENCE FICTION』をリリースし、“SCIENCE FICTION TOUR 2024”と銘打ったライブツアーのファイナルとしてはふさわしい場所なのかもしれない。

隅々まで涼しく冷えきった会場に入ると、舞台からはインダストリアルな効果音が流れており、ぐっと引き込まれる。そうしていると場内が暗転し、音と光の演出とともにバンドメンバーと宇多田ヒカルが姿を現した。1曲目は「time well tell」からスタート、まずはサウンドに驚く。予想以上にロウがしっかりと出ており、ダイナミック。『SCIENCE FICTION』でトライされていたようなミックスの方向性が、生で再現されている感じだろうか。“低音が効いている”というよりも、“重低音が放たれている”という形容の方が近いかもしれない。だが、ハードで冷たい感じはしない。メンバーの関係性がそのまま反映されたようなラフな響きで、シンガーとしての圧倒的な歌唱力も自然体なニュアンスで届けられているよう。冒頭から「Letters」「Wait & See ~リスク~」「In My Room」と披露される中、ますますその印象は強まっていった。続くMCでは「夕方というか夜というか……黄昏時、色んなもののあいだ」と実に宇多田らしい表現をしたうえで、「みんな、やっと会えたね。今日はゆっくりしてって」と呼びかけた。会場の空気が一気にほぐれていくのが分かる。

と同時に、驚いた人も多かったのではないか。そもそも今回のツアーは“SCIENCE FICTION”というタイトルが掲げられ、ビジュアルイメージもフューチャリスティックに仕立てられていた。「Electricity」では「美しい鉱物や夕焼け/噂の緑を観に来ました/あなたはどの銀河系出身ですか?」と歌い、宇宙から地球へとやってきた視点を綴っていたのも記憶に新しい。そういった背景もあり、ライブ自体ももっとSF感のあるものになっているだろうと勝手に思い込んでいたのだ。だが、ステージセットこそSF風に組まれていたものの、パフォーマンスは明らかにアットホームで優しい雰囲気。観ていると、そのギャップに驚きつつ自然と頬が緩んでしまう。


Photo by TEPPEI KISHIDA

演奏に引っ張られるように、ボーカルの声量もますます強まっていく。勢いよく吹き出すスモークと赤い光によるまばゆいステージの中、「光 (Re-Recording)」ではエモーショナルな声を聴かせ、その後「For You」「DISTANCE (m-flo remix)」というメドレーでは一気にダンサブルなムードを演出。ここでm-flo remixを繋げるセンスには痺れた。最近の世の中がまた当時のムードに回帰しているからなのか、このメドレーは序盤のハイライトになり得るグルーヴを生んでいたように思う。だからこそ次に来る曲は「traveling」で間違いないし、現在と過去を、時空を超えて接続するマジックが生まれていた。


Photo by TEPPEI KISHIDA

ダンス・ヴァイブスでヒートアップしたのち、白いジャケットを脱ぎ「First Love」へ。「激しい曲が続いたから静かな曲をやるね」と言いながらさらっと大ヒット曲を歌うところにも、飾らない自然体な雰囲気が表れている。このあたりになると、観客側も宇多田ヒカルが発する柔和な空気を受け取り、ライブの楽しみ方をだいぶつかんできたよう。この場は、決してかしこまったり肩肘張ったりする場ではなく、それぞれがそれぞれのまま存在する、セーフティなスペースであること。「Beautiful World」「COLORS」といったナンバーでは後半の衣装を予告するような選曲を繋げつつ、「ぼくはくま」では途中自らキーボードを弾き“くまポーズ”もしっかり披露。「Keep Tryin’」「Kiss & Cry」と続き、「誰かの願いが叶うころ」ではドラムを中心に鋭いバンドアレンジで前半を締めくくった。


Photo by TEPPEI KISHIDA

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