ペール・ウェーヴスが語るブリティッシュな原点回帰、クィアな愛を祝福する音楽

Photo by Kelsi Luck

9月27日にリリースされたペール・ウェーヴス(Pale Waves)の4thアルバム『Smitten』は、非常に特別な一枚だ。ゴス的な衣装・化粧を身に纏い、ロックやポップパンク的な音楽性を志向してきたかれらが、本作で目指したのは「あらゆる意味で自分たちのルーツに戻る」こと。ザ・キュアー、コクトー・ツインズ、クランベリーズ、サンデイズなど、80年代〜90年代にかけて主に活躍したアーティストからの影響を如実にサウンドに反映し、かつ、ホームタウンであるイングランド・マンチェスターを舞台に、揺れ動く10〜20代の心情を映画的、あるいは文学的な語り口で生き生きと描き出す。

それは、冷たい雨が降り頻る石畳の上をひた走る、一人の若者の頬を染める血潮と、ため息にも似た荒い呼吸のような——思春期・青年期に誰しもが感じる鋭敏でナイーブな感覚を捉えた、焦燥感と切なさに満ち満ちている『Smitten』は、かつて傷つきやすい少年少女とそれ以外だった人々の心を否応なく打つものだ。クィアであることを自認するバンドのフロントパーソンであるヘザー・バロン・グレイシーは、本作について「自信に満ちた」「ブリティッシュな作品」であり「クィアな愛を祝福するもの」であると語る。愛や友情、人生における様々な人との出会いの「記憶」を振り返りながら本アルバムをつくりあげたという彼女に話を訊いた。



「ブリティッシュなアルバム」の背景

ー『Smitten』は今までの作品の中でも最も自信を感じる作品だと思いました。素晴らしいです。

ヘザー:ありがとうございます! リリース前にこの作品を聴いてくれた人たちからは熱烈な感想をもらっていて。今まであまりそんなことなかったから興味深いし、嬉しいですね。ほとんどの人が「自信に満ちた作品だね」って言ってくれるんです。自分たちではそういう意識はなかったんだけど、もしかすると以前ほど、他人にどう見られているかを気にしなくなったのが影響しているのかもしれない。書きたい曲を書いて、曲の中で言いたいことを言って、プレッシャーをあんまり感じずにこの作品はつくれた気がします。

ー今回のアルバムは、音楽面でもヴィジュアル面でも大きな変化があった作品だと思います。かつ、ペール・ウェーヴスの本来のルーツが透けて見えるような感じがあって。

ヘザー:そうですね。「ルーツに戻った感じがするね」というのもよく言われる感想の一つです。今回の制作期間では、珍しくあまり新しい音楽は聴かなかったんです。だから、より自分が好きな音楽に忠実になれたんだと思います。昔からザ・キュアー、コクトー・ツインズ、クランベリーズ、サンデイズみたいなバンドに惹かれていて、今聴いても全然飽きないんですよね。『Smitten』は80年代風のサウンド、コーラスがかかったジャングリーでキラキラしたギター、切なく響くボーカル……みたいな要素が、たっぷり詰まった作品になったと思います。


Photo by Niall Lea

ーペール・ウェーヴスはゴスやパンクロックというジャンルに分類されることも多いバンドですが、この『Smitten』は明らかにそれとは違いますね。定義するのが難しい、実にペール・ウェーヴスらしいペール・ウェーヴス的なサウンドというか……何にも言ってないに等しい感想ですが。

ヘザー:ははは(笑)。自分たちが特定のジャンルや枠に当てはまらないバンドであることは、いいことだなって思ってます。大きな流行やムーブメントの一部じゃない自分たちが好きです。自分たちみたいなサウンドのバンドは今の時代にはあまりいないと思うし、80〜90年代の音楽を聴いていると時々「自分たちは今の時代よりも過去に存在していた方が自然だったのかも」なんて思うこともある。でも、だからこそ今のシーンにはペール・ウェーヴスのサウンドが必要とされてるんじゃないかなって。

ー本当にその通りだと思います。『Smitten』というアルバム名にはどのような想いが込められてるんでしょうか? 日本語だと「夢中になる」という意味ですけど温かくてロマンチックな響きのある単語で、まさにこのアルバムのドリーミーな雰囲気を的確に表しているな、と。

ヘザー:「ぴったりだな」と、自分たちでも思っています。このアルバムで作り上げようとした世界観に当てはまる、すごくブリティッシュで、時代を超えても通用するような古風な感じの単語ですよね。この言葉を見つけた時に「これだ!」って、すぐにピンときたんです。

ーかわいらしさもある単語ですよね。制作は、アメリカとイギリスの両方で行われたんですよね?

ヘザー:ほとんどはイギリスで録音していて……でも「Perfume」「Glasgow」「Kiss Me Again」「Thinking About You」みたいなシングル曲に関しては、アメリカで友人のサイモン(・オズクロフト)と一緒に彼の小さなスタジオでレコーディングをしました。イギリスに帰った後に、その時のマテリアルをちゃんと再録しようと思ったんですけど、サイモンと一緒に作っていた時に感じた魔法のような感覚を再現できなくて。結局、そのまま使いました。音楽の魔法って瞬間的なものですよね。



ーこのアルバムを最初に聴いた時に「めちゃくちゃUKっぽい!」って思ったんですよ。たとえば「Glasgow」を聴くと、雨が静かに石畳に降り頻る様子や、冷たい風が熱い頬を撫でる感覚が浮かんできて。同時に、街を縦横無尽に駆け巡る若者たちの心臓の鼓動も聞こえてくるようで……。なぜ、ここまでブリティッシュなアルバムを作ろうと思ったんですか?

ヘザー:ありがとう。そういう感想が聞けて嬉しいです。今話してくれたようなヴィジュアルイメージを喚起させる作品を作りたいと思っていたので……。この作品がブリティッシュなサウンドとイメージを志向しているのには理由があるんです。まず、そもそも『Smitten』は、音よりも先にヴィジュアルのコンセプトから考え始めたんです。自分たちが暮らした日々の風景を描きたかった。「こうしたい」という美学がまずあり、それに音が付随したというような感覚が近いです。前作の『Unwanted』(2022年)が想定していたよりもアメリカ的な音に仕上がったから、今作では自分たちのルーツに立ち戻ることが必要だったんだと思います。つまり、私たちはマンチェスター出身のバンドなんだってことですね。

ー「Gravity」のミュージック・ビデオは、あなたの実家の近辺で撮影されたんですよね?

ヘザー:そうそう、地元のランカスターで撮影しました。グラスゴーの北部では他に「Thiking About You」のビデオも撮りましたね。本当に親しい友達4人だけで撮影して、すごく楽しかった。大規模なクルーで高い予算をかけて撮るより、全然こっちの方がいいじゃんって思いました(笑)。


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