ノラ・ジョーンズが明かす、今の自分と正直に向き合った創作ヴィジョン

『Visions』収録曲について

―では話を変えて。『Visions』は、オリジナルアルバムとしては久しぶりに明るさやあたたかさを感じられる作品になったように思いました。どうしてそうなったのか、思い当たるところはありますか?

ノラ:ひとつ言えるのは、音楽を通じてそのときの感情を捉えようとしたってことが大きいと思う。私だけじゃなくて、リオンもね。そうして録ったものがデモになるのか、それとも本番として採用することになるのかは、その時点ではふたりともわかっていなかったけど。

―プレスリリースにドン・ウォズの言葉があり、彼はこう分析していました。「2020年のアルバム『Pick Me Up Off the Floor』で、彼女は喪失感、嘆き、炎上、失恋について歌った。私はスピーカーに手を伸ばして彼女を抱きしめたい気持ちになった。なぜなら彼女が、カール・ユング(スイスの精神科医・心理学者)が詳しく書いた中年期に起こりうるいくつかの事柄を経験しているのは明らかだったからだ」「『Visions』の曲を初めて聴いたとき、彼女が嵐を乗り越え、賢明な視点を持つに至ったことがはっきりとわかった」「彼女は4年前に自分を呑み込んだトンネルの終わりに光を見出しており、同じような岐路に立たされている人たちに慰めや喜びを与えている」。ドン・ウォズのこの捉え方をどう思いますか?

ノラ:彼がそのような発言をしたとき、私は驚いたんだけど、彼の言わんとしていることは理解できたので、プレスリリースに入れてもいいって言ったの。彼があんなふうに美しく表現してくれて、むしろ光栄に思った。彼は言葉に長けた人だからね。私はというと、自分の音楽を言葉で説明できないし、だからこそ音楽を作っている。音楽について説明したくない。言葉で音楽を表わしたくない。その役割を彼が担ってくれてよかったわ(笑)。

―いかにして光を見出すことができたかも、言葉で説明したくないですよね。

ノラ:ええ。セラピーじゃないんだから(笑)。そんなことはわからないし、話せない。


Photo by Joelle Grace Taylor

―では、いくつか曲についてお聞きします。「Staring at the Wall」。この曲はさっき自分が言ったヴィンテージソウル感みたいなものが最も濃く出ていて、それこそビック・クラウンから出た曲だと言われたら納得しそうな音になっています(実際、この曲と「All This Time」はビッグ・クラウンから7インチシングルとして発売されることに。再プレスなしの限定発売なので入手は困難)。でも、いかにもあなたらしい柔らかなピアノも印象的で、それこそ初めに言ったように、あなたらしさと新しさのバランスが絶妙だなと感じたのですが、そのへんは意識しましたか?

ノラ:そんなことまったく考えなかった。昔からそんなことは考えないし、何か新しい音楽をやるときに自分らしさが出ないんじゃないかとか心配するようなこともない。もうそういう境地にいないというか。私がやれば、どのようにやろうと自分らしさがはっきり表れるもので、私はただ曲の持つ感情だったり、曲の核心となるところに集中するだけ。大事なのはそういうことだけだと思うから。



―わかりました。では「Queen of the Sea」という曲について。この曲はカントリーの風味がありますね。リオンはカントリーの要素を持たない人ですが、彼のなかのソウルの捉え方と結びついてか独特の面白さが出ている。カントリーっぽいと言っても、あなたが2ndアルバムでやっていたものともザ・リトル・ウィリーズでやっていたものともプスンブーツでやっていたものとも違う感触です。そのへんは意識していましたか?

ノラ:意識はしていなかった。これはかなり気に入っている曲で、実はレコーディングする数年前に書いたものだったの。ただ、レコーディングするにあたって、最もプレッシャーを感じていた曲でもあった。なぜかというと、頭の中でこの曲がずっと鳴っていたから。どういうサウンドにしたいかというアイデアが既に頭のなかにあると、かえって難しいものなのよ。それを具現化しなきゃと考えるとプレッシャーになるわけ。だけど、リオンがドラムを叩き始めた瞬間、彼がこの曲に完璧に合ったドラマーなんだと実感できた。彼がレイドバックした感じで演奏を始めて、私もレイドバックした感じでギターとピアノを弾いて、すごく気楽にやれた。リラックスした雰囲気を醸し出せたと思う。

―その際、カントリーっぽいフィーリングを出そうと考えたりは?

ノラ:意識してそうしたりはしなかったけど、私がギターを弾くとなんかカントリーっぽくなるのよね。ピアノを弾いてそうなるときもあるけど、ギターのほうがそうなる傾向が強い。ギターだと私はそんなに洒落たコードが弾けないからかな。無意識のうちについカントリーっぽいコードを弾いてしまうというか。

―カントリーと言えば、ビヨンセがニューアルバムでカントリーを取り上げ、あなたも共演したことのあるドリー・パートンの「Jolene」なんかも歌っていました。あれとか、どんなふうに感じました?

ノラ:彼女はテキサス州の出身だから、カントリーが身体に染み込んでいるところもあるんじゃないかしら。私も幼い頃にテキサス州に住んでいたし。いいんじゃないかなって思う。

―「Visions」は最小限の音数で構成されたシンプルな曲ですが、楽器の入り方で少しずつ景色が変化していくようです。ギターで始まって歌がそこに乗るあたりは砂漠のように荒涼とした景色が浮かぶ。けれどもコーラスが入り、やがてデイヴ・ガイのトランペットが入ると、光が差し込んだようになって景色に色がつく。祈りのような感覚が曲に表れる。そこが素晴らしいなと感じたのですが、この構成は誰のアイデアですか?

ノラ:私の頭のなかにマリアッチのトランペットのイメージが初めからあったの。それ以外の部分は極端にシンプルにしようと考えていた。ギターもハーモニーも入れることを考えていなかった。でもリオンに「入れてみたら?」と言われて試しにやってみたら、趣のあるサウンドになったから、これでいこうって思って。

―ブライアン・ブレイドやジェシー・マーフィーとバンドでレコーディングされた曲が3曲(「I'm Awake」「Swept Up in the Night」「Alone with My Thoughts」)あって、それらはリオンとふたりで録られた曲とは少しだけ違う感触があります。自分は「I'm Awake」の浮遊感と曲構造のユニークさを気に入っていて、特にコーラスによって曲が広がっていくのがいいなと思ったのですが、このアイデアはどのように思いついたんですか?

ノラ:ある朝目覚めたら、アイデアが頭のなかにあった。「Running」もそうだったけど、起きたときにコーラス部分が曲の一部として頭に浮かんでいたの。曲全体のアレンジのイメージのなかに、初めからあのコーラス部分があったということ。そこから作り始めてリオンに聴かせたら、「すごくいい。これはブライアンとジェシーと一緒に試してみようよ」って言われて。だからこの曲はバンドでレコーディングすべく、とっておいたのよ。

―シンプルな言葉の繰り返しで成り立っている曲がいくつかありますね。とりわけ「I Just Wanna Dance」の言葉数の少なさには驚きました。“I just wanna dance”と繰り返すだけのシンプルさですが、でもそれだけに思いが深く伝わってもくる。「歌詞というものは、そんなに言葉を多くしなくてもいいんだ」という境地に最近至ったのでしょうか。

ノラ:この曲ができたときに、もう少し歌詞を付け足そうと言われたんだけど、私は「ノー」と突っぱねた。これ以上、何かを言う必要はないと思ったから。私はそこが気に入っている。そう、言われてみれば確かにこのアルバムには言葉が何度かリピートされる形で出来ている曲があるわね。意識してのことではなかったし、いま言われるまで気づいてもいなかったけど。

―もともと1曲のなかにそれほど多くの言葉を用いないタイプですよね。言葉数を多くして説明的にしたくないという考えが、ベーシックなものとして常にあるんですかね。

ノラ:説明をしたくないっていうのは、確かにある。でも言葉数がそれなりに多い曲もあるわよ。「Queen of the Sea」がそうだし、「Running」も。要は、これで曲が完成したと自分が感じられる瞬間がどの地点にあるかってことじゃないかな。「I Just Wanna Dance」はその言葉が出てきた時点で完成したと思えたわけだし。それによって変わるんだと思う。


Photo by Joelle Grace Taylor

―あなたの人生観のようなものがさりげなく表現されている曲もあります。最後に収められた「That's Life」がそうで、「立ち上がっては 転ぶ また下へ下へ落ちる」「それが人生というもの」と歌われているけど、曲調は軽やかで、不思議と救われる感覚になる。因みに『Pick Me Up Off the Floor』には「This Life」という曲があって、「私たちが知っているこの人生、それは全部終わる」と歌われていました。「This Life」はあの頃のあなたの人生観、「That's Life」は現在の人生観と考えていいでしょうか。

ノラ:それは自分でまったくわからないし、正直言って考えたこともなかった。でもまあ、そういうことなんでしょうね(笑)。

―「This Life」のアンサーソング的に「That's Life」を書いたわけではないってことですね。

ノラ:正直に言うけど、先週ギグをやったときまで自分で気づいていなかったの。「This Life」を演奏して、そういえばニューアルバムに「That's Life」があったなとハッとして。ライフについて書いている曲がけっこうあるなぁって思った。「I'm Alive」って曲もあったしね(『Pick Me Up Off the Floor』収録)。どれも好きな曲だけど。

Translated by Hitomi Watase

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE