ノラ・ジョーンズ語録で辿る音楽的変遷 共同制作者とともに刷新してきた「彼女らしさ」

Photo by Joelle Grace Taylor

ノラ・ジョーンズ(Norah Jones)が今年3月に発表した最新アルバム『Visions』が注目を集めている。彼女の歩みと現在地を、ノラをデビュー当初から取材し続け、『Visions』日本版ライナーノーツも執筆した音楽ライター・内本順一に解説してもらった。


“らしさ”と“新しさ”。『Visions』はその両方を感じさせるアルバムだ。“ノラ・ジョーンズらしさ”は主にメロディに、“新しい感触”は主にサウンドに宿っている。と、のっけからそう書いてみて、いやしかし、振り返ればこれまでのノラ・ジョーンズ作品だってそうだったじゃないか、ずっと彼女は“らしさ”と“新しさ”のいい塩梅をとりながら歩みを進めてきたじゃないかと思い直してみたりもする。

リオン・マイケルズというマルチプレイヤー/プロデューサー/エンジニアとガッツリ組んで作った『Visions』の、その新しいと感じさせるサウンドについては後述するが、とりあえずノラは元来、好奇心と冒険心に溢れた女性であり、だからこれまでいろんな人と組んで、いろんなサウンドで表現の幅を広げてきた。


『Visions』収録「Paradise」

「いろんなジャーナリストから“どうしてあなたはそんなに冒険心に溢れているんですか?”とよく訊かれるんだけど、私はただ単に物事に対してオープンでいたいだけ。新しいことを躊躇せずにやるし、いろんなひととコラボレーションするし。あらゆることに対して心を開き、意欲的にやってみる。そのことが自分を向上させてくれている気がするわ。実際にやってみるまで何が起こるかわからないし、どういう結果になるかもわからない。でもそれが面白いんだし、常に未知の世界を受け入れられる状態でありたい。冒険心を持って、恐れずなんでもやってみるミュージシャンでいることが好きなの。これからもそうしていくつもり。だって、それは私にいい結果しかもたらさないから」

これは『I Dream of Christmas』(2021年)リリース時のインタビューにおけるノラの言葉だが、まさしくこの信念のもとに彼女はキャリアを重ねてきたわけだ。

だから、ノラはプロデューサーもよく替えてきた。1作あるいは2作アルバムを作ったら、また別の人と組むようにしてきた。常に新しい人と一緒に自分がフレッシュに感じられる音楽を作っていきたい人なのだ。

では、彼女はこれまで作品毎にどんなサウンドをイメージし、どんなプロデューサーと組んできたのか。その人と組んだことで、どういう成果を得られたのか。これまでに自分が度々行なってきたインタビューと彼女自身の手によるライナーノーツからプロデューサーについて語っている部分を抜粋しつつ、ノラ・ジョーンズ名義で発表されてきたアルバムを振り返ってみよう。




グラミー賞で8部門を獲得し、驚異的なセールスを記録したデビュー・アルバム『Come Away with Me』(邦題:ノラ・ジョーンズ、2002年)。CDの表4には太字で「プロデュースド・バイ・アリフ・マーディン」とクレジットされているが、ノラとジェイ・ニューランド、それからクレイグ・ストリートもプロデューサーとしてこの作品に関与している。この作品はざっくり3段階の制作過程を経ており、まずソーホーのソーサラー・サウンドで当時一緒にギグをしていたバンドメンバー(ジェシー・ハリス、リー・アレキサンダー、ダン・リーサー)と行なった“ファースト・セッション”があり、代表曲の「Don't Know Why」はそこで録られたものだった。このときにプロデューサー的な役割を務めたのが、本職はエンジニアのジェイ・ニューランド(エタ・ジェイムス、ラッキー・ピーターソン、チャーリー・ヘイデン、アビー・リンカーン)。『Come Away with Me (Super Deluxe Edition) 』のノラの手によるライナーノーツには、「優秀で心優しいエンジニア」「『Don't Know Why』」は最初のテイクで大満足のいくものに仕上がった、奇跡のようにスムーズなテイクだった。プレイバックを聴こうとコントロール・ルームに戻ると、ジェイが大喜びしていた。このことで残りのセッションに対する自信がつき、目指すべき方向性も定まったように思えた」と書かれてある。ノラのなかで「目指すべき方向性が定まった」のはジェイ・ニューランドのおかげだと、そうも言えるわけだ。

次にクレイグ・ストリート(カサンドラ・ウィルソン、ミシェル・ンデゲオチェロ、リズ・ライト)をプロデューサーに迎えたレコーディングが行なわれた。『Come Away with Me (Super Deluxe Edition) 』のライナーノーツに、こうある。

「私が作りたいアルバムのインスピレーションとしたのは、大のお気に入りだったカサンドラ・ウィルソンの『New Moon Daughter』だ。楽器のチョイス(美しいスライド・ギターとアコースティック・ギター)もプロダクションも大好きだった私はブルース(・ランドヴァル)に、このアルバムをプロデュースしたクレイグ・ストリートに会えるだろうか、と頼んだ。クレイグとは何度か会い、すぐに打ち解けた」。

だが、クレイグが仕切って、彼が揃えたミュージシャン……ビル・フリゼール、ケヴィン・ブレイト、ブライアン・ブレイドらと録音した20数曲から、『Come Away with Me』にはわずか3曲しか収録されなかった。このときに録音された残りの曲を我々がようやく聴くことができたのは、デビュー作から20年を経て世に出た昨年の『Come Away with Me (Super Deluxe Edition) 』でだ。その際のインタビューで、クレイグをプロデューサーに選んだのは『New Moon Daughter』のようなプロダクションを求めてのことだったのかとノラに聞いた。彼女はこう答えた。

「そういうわけではない。『New Moon Daughter』をすごく好きだったからクレイグのことを好きになったし、いくつかあのアルバムの要素を求めていたところも確かにあったけど、あの通りにしようなんてことは思ってなかった。そもそも『New Moon Daughter』にはピアノが入っていないし。私はピアノ・プレイヤーだから、当然同じようなプロダクションにはならないとわかっていた。でもアコースティック楽器の響かせ方はいいなと思っていたの。あのアルバムでプレイしていたミュージシャンもいいなと思っていて、特にケヴィン・ブライトの弾くギターが気に入っていた。それで彼を起用したのよ。彼が参加してくれたことで、すごくいい効果を出せた。彼のアレンジによるギター・パートとかね」。

ブルース・ランドヴァル(当時のブルーノートレコードのCEO)は、ノラ・ジョーンズという新人を世に広めるにあたって、クレイグとのセッション音源のダークなイメージは適切ではないと判断。ノラが気に入った3曲以外はお蔵入りにして、次に巨匠アリフ・マーディン(ダスティ・スプリングフィールド、アレサ・フランクリン、ビージーズ、ヤング・ラスカルズ)と作業することを彼女に勧めた。ノラは『Come Away with Me (Super Deluxe Edition) 』のライナーノーツでこう回想している。

「アリフのことはよく知らなかったが、すぐに彼が私のお気に入りのアルバムを何枚も手掛けていることを知った。アレサ・フランクリン、ダニー・ハサウェイ、ほかにもいろいろ」。

「アリフは素晴らしいプロデューサーだった。私たち全員から最高のパフォーマンスを引き出す方法を知っていて、私の集中力を途切れさせることなく、私たちのやるべきことをやらせてくれたの」。

筆者が行なった当時のインタビューでもノラは「アリフは私のやりたいようにやらせてくれた」と言っていた。細かな指示を出すのではなく大きく構えて見守るようなスタンスでアリフがそこにいたこと、ブルース・ランドヴァルがクレイグ音源のダークなイメージは適切ではないと判断したこと、そのふたつがデビュー作の成功に繋がったのだと、今もそう思う。

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