男社会の音楽ジャーナリズムを解体せよ 差別と闘い続ける女性たちの提言

それぞれが味わった屈辱、より良い未来への展望

クレイジー・ホース:まだ駆け出しのジャーナリストだった頃は、サザン・ロックやジャム・バンド、黒人のロック、ブラックミュージックをルーツとするバンドに関する記事を書いていました。ヴィレッジ・ヴォイス紙の他の黒人ジャーナリストたちは、ジャズやいわゆる「アーバン」というジャンルの音楽を担当していました。サザン・ロックバンドの取材で南部を訪れると、決まって広報担当に驚かれました。その当時、私のように黒人と先住民の血を併せ持つジャーナリストなんていませんでしたから。

ブルックス:2005年に自著『Jeff Buckley’s Grace (33 1/3)』が刊行されると、ジェフ・バックリィのファンから散々非難されました。この本は、多くの人からとても高く評価されていたのですが、黒人女性がバックリィに関する本を書くなんて、その人たちには想像できなかったのです。私のような人物がバックリィに関する情報や物語を発信できるはずがない、という気持ちが怒りとなって噴出したのだと思います。

ユヘルスキ:ヤン・ウェナーは、1960年代後半から70年代にかけてRS誌に女性アーティストを起用しなかったと言っていました。それは、当時の女性たちが美しくあることだけを期待されていたからだと思います。女性が意見を述べるなんて、誰も思っていなかったのです。グルーピーであれ、アーティストであれ、世間の関心は、女性アーティストの“パトロン”に向けられていました。一人前のアーティストとして見てくれる人なんていません。私は、70年代にジャーナリストとしての活動をはじめたのですが、誰にも気づいてもらえませんでした。インタビューの場でも、ツアー中でも、ジャーナリストとして認識してもらえないのです。それどころか、自分がジャーナリストだとわかったとき、誰もが不満そうな表情を浮かべました。結局のところ、「女にロックンロールの何がわかるんだ?」というのが世間の一般的な見方でしたから。

初めてツアーに同行したアーティストは、スティーヴ・ミラーでした。そのときは、なんだか口説かれてるような気がしたのですが、ミラーはこう言いました。「いまのは君を試していたんだ。記事のネタと寝て、次の日にそいつの顔にマイクを押し付けるなんて、いったいどういう神経をしてたら、そんなことができるんだ?」と。その言葉を聞いて、はっとしました。私は、取材対象者とぜったいに関係は持たないと誓ったのです。でも、行く先々で口説かれました。リック・ウェイクマン(イエス)なんかは、取材に行くとバスタオル一丁で玄関のドアを開けたんです。取材中も、着替えてくれませんでしたね。

友人は、厄介なことが起きても「黙って堪えろ」と自分に言い聞かせていましたが、私は、記事のネタとして利用しました。どんなにささいなことでも、ゴシップ欄を賑わせるには十分でした。レッド・ツェッペリンのツアーに同行したときのエピソードのように。そのときジミー・ペイジは、直接私と話すのではなく、広報担当を間に入れたのです。1977年だったと思います。「質問は、私の広報担当にするように。彼女に答えを伝えるから」と言われました。まるで逐次通訳です。全員が英語を話しているというのに。そのことも、記事にしました(編集部注:ミラーに問い合わせたところ、代理人からコメントできないという答えが返ってきた。ウェイクマンとペイジの代理人もノーコメント)。


ヤーン・ユヘルスキ(Photo by COURTESY OF JAAN UHELSZKI)

スパノス:RS誌に入社した当時、私はヤン(・ウェナー)の下で働いていましたが、直属の部下というわけではありませんでした。それでも、彼が組織全体における重要な役割を担っていることに変わりありません。そのせいで、私たちの記事が掲載されず、女性や有色人種のアーティストにスポットライトが当たらないこともありました。私に声をかけてくれたのは、カリン・ガンツというジャーナリストでした。カリンは、RS誌のウェブサイトの立ち上げをサポートしていました。ウェブ版のプレゼンスを高めようとしていたのです。ヤンは、ウェブ版には無関心でしたから。

苦しかったのは、多くの意味で自分が独りぼっちだったことです。私は長年、RS誌唯一の黒人女性ジャーナリストとして働いてきました。フルタイムのジャーナリストとして、雑誌とウェブサイトの両方の記事を執筆している唯一の黒人女性としての社歴は、それよりも長いです。これに関しては、多くの苦労があります。より多彩なアーティストが起用されるのを見たい、という期待は、ひとりで背負うには重すぎますから。時折、自分ひとりでそれを任されているような気がします。さらに言えば、視野と心の狭いボスの前でひざまずいたところで、何かが変わるわけではありませんでした。幸運にも、私の活躍に期待してくれる素晴らしい編集者たちと出会うことができました。私たちはみんな、これまでの狭い視野をどうにかして広げようと奮闘しているのです。

ブルックス:人間というものは、知らず知らずのうちに面の皮が厚くなっていくものです。私の場合、それは文体という形でもたらされました。闘争心を剥き出しにしたときもあれば、守りに入ったときもあります。私は、いろんなステージを経験してきました。自分のことを見ようともしない、支配の中核にいる人々に訴えかけるのではなく、文体を通じて彼らに思いを伝えられると思いました。同時にそれは、彼らの狭い視野の外にある世界の偉大さを伝えられるような文章を書き続けることでもありました。私の執筆活動は、主にこうしたことを目標としてきました。私自身、学生たちの模範にならなければいけません。それは、私自身が闘っている相手に敬意を払うだけでなく、シスジェンダーの白人男性の音楽評論家であることを彼らに自覚させ、その意味をよく理解してもらうことでもあります。そうすることで、限られた視点でしか見てこなかった黒人らしさやジェンダーを通じて、音楽を理解し、より寛大で多様な意思決定を行なってほしいと願っています。


ダフネ・ブルックス(Photo by MATTHEW JACOBSON)

クレイジー・ホース:ロックを扱う黒人女性ジャーナリストには、スタミナと情熱、そして忍耐が求められます。なぜなら、そこには孤独と文化的な孤立があるからです。それでも私は、自分のやりたいことを突き詰めました。黒人ジャーナリストはブラック・ミュージックについて書くべきだという見方があります。それは、一部の人にとっては真実なのかもしれません。でも、私はそう思ったことはありません。

ユヘルスキ:皆さんが「昔よりマシだ」と思いたがる気持ちもよくわかります。当時の私たちも、ロックジャーナリズムの世界が女性にとってのいばらの道であることを承知していました。だからこそ、クリエイティビティを駆使しなければいけなかったのです。文句を言っても無駄です。記事を却下されてしまったら、それでおしまいですから。「なんだ、泣くのか?」と言われるたびに、強くなりました。あるいは、女性アーティストに専念する、という道もあります。でも、私はすべてのアーティストについて書きたかったのです。

ブルックス:私が担当している(黒人芸術批評)講座の受講生たちには、世代を超えた批評の力、価値、重要性というものが、知識生産と特定の文化的要素の価値判断の形になり得ることを理解してほしいと思っています。また、植民地時代に史上初の黒人の女流詩人として詩集を出版したフィリス・ホイートリーにまでさかのぼる、黒人の評論家たちの存在も知ってほしいです。こうした人々は、自分たちの文化形態に欠かせない価値を表明できる力を自らの手中に収めようとしたのです。アフリカ系アメリカ人を下等な人種と決めつけただけでなく、人間として見ようとしなかった白人至上主義というシステムに直面しながらも、自らの文化形態に価値を見出そうとしました。文化批判は、自由を求める黒人の闘争の中心的要素でもあるのです。

ユヘルスキ:復刊されたクリーム誌では、あらゆるジェンダーや人種を公正に描くようにしています。過去のクリーム誌の目的は、攻撃することでした。当時の私たちは、親切とは程遠かっただけでなく、いささか差別的でもありました。でも、いまは違います。なぜなら、この雑誌に携わっている人は、1970年代の人たちとはまったく違う考え方を持っているのですから。そう言えることに、私は心から誇りを感じます。

クレイジー・ホース:カクタス・ローズ(クレイジー・ホースの音楽ユニット)では、私が作詞作曲とボーカルを担当しています。男性のギタリストは、女性アーティストを積極的に支援してくれるだけでなく、アメリカーナに対する私の独特な視点が好きだと言ってくれます。曲を書くときは、先住民の女性たちの経験に光を当てることを心がけています。女性のジャーナリスト——特に有色人種の女性アーティスト——から意見が聞けたらいいな、とも思っています。音楽を語る有色人種の女性アーティストとして、十分に雄弁で知的だと思ってもらいたいです。

スパノス:ずっと前から、同僚のための温かい空間を創りたいと思っています。RS誌の歴史と共同創刊者であるヤンの見解がはっきりわかったいま、それはとても大切なことです。私たちにとって何よりも重要なのは、キャリアとレガシーを創出することです。こうしたレガシーをシスジェンダーの白人男性に独占させないことも、私たちの仕事なのです。

From Rolling Stone US.

Translated by Shoko Natori

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