J-POPの歴史「1998年と99年、百花繚乱の90年代後半と幸せな結末」



99年10月発売、椎名林檎さんの「本能」。すごいですね、この巻き舌。98年というのは、女性アーティストの新しい歴史が始まった年でしょうね。宇多田さんが頂点ではあるんですけども、98年2月には宇多田さんに先駆けてMISIAが「つつみ込むように…」でデビューしてますからね。彼女もR&Bという流れを作ってきた。そういう中で98年5月に椎名さんがデビューしたわけですが、2枚目のシングル「歌舞伎町の女王」。歌舞伎町ですからね。ポップスの女性シンガーソングライターが。歌舞伎町を歌ってるんだと思いました。

99年1月に「ここでキスして。」が出たんですね。あれは衝撃でしたね。エキセントリックな女性の歌っていうのはなかったですからね。駄目押しがこの「本能」のビデオですよ。ナース姿で鏡を叩き割っている。バブルにみんなも浮かれてましたから、てめえら浮かれてんじゃねよって蹴り入れてるみたいな、そういう衝撃がありましたね。99年2月のデビューアルバムが『無罪モラトリアム』で、2000年に入ってからのアルバムが『勝訴ストリップ』。今まで隠されていた何かのベールを一つ一つ剥がしていくような、90年代最後の光と影というのを女性アーティストが歌ってくれました。



99年1月発売ゆず4枚目のシングル「いつか」。ゆずのデビューは97年『ゆずの素』、インディーズでしたね。98年2月、ミニアルバム『ゆずマン』。これがメジャーデビュー。この曲は99年10月に出た2枚目のアルバムは『ゆずえん』の中に入ってました。ゆずの代表曲、デビュー曲の「夏色」なんですが、僕は当時、こっちの方が印象に残ってた気がします。それとこの99年では「友達の唄」。これモータウンじゃんと思ったのがゆずを見直したきっかけの一つでした。

彼らは横浜の伊勢佐木町の横浜松坂屋前の路上で歌って評判になった。路上というのが音楽シーンに登場した。小室哲哉、TKがでディスコを音楽シーンの発信地に変えた。ゆずは路上を発信地にしましたね。それまでもあることはあったんですよ。ホコ天とか新宿西口広場とか大阪城公園とか。あったんですけど、路上でオリジナルを歌うって人たちはあまりいなくて。そこから劇的な登場をしたのがゆずですね。でも僕、さすがに路上では見てなくて、99年に初めてのコンサートツアー、NHKホールだったんですけど、それで見たんですね。弾き語りのフォークじゃないじゃんと思ったのが最初でした。バンドをつけた最初のツアーだったんですけど、彼らはロックだなと思ったのが記憶があります。で、いろいろ調べたり聞いたりしたら、北川悠仁さん、岩沢厚治さん、ロックバンドをやってた。北川さんはX JAPANやBOØWYのコピーバンドでドラムを叩いてた。そうか、それでこういうスピード感のあるボーカルなんだと思った記憶があります。ここから路上という幕が開きました。

彼らに影響を与えた、そんな代表的なバンドの中の1人です。99年5月に発売になった、hide with spread beaverの「ピンク スパイダー」。

Rolling Stone Japan 編集部

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