「ボブ・ディランの上を行く」と言われた女性シンガーソングライター、才能と謎に満ちた生涯

彼女は女性版ボブ・ディランだ

1924年、エリザベス・イートン・コンヴァースはニューハンプシャー州で、3人きょうだいの真ん中として生まれた。父親は宣教師で、地元の禁酒会の会長を務めていた。母親は名うてのピアニストとして活動していた。幼少時代、家の中では宗教音楽とクラシックしか許されていなかった。ダンスも酒もトランプも、セックスという言葉を口にすることも禁じられていた。

コンヴァース家の内情について確かな証拠はほとんどないが、手紙や彼女の日記や知り合いの記憶からそこはかとなく伺える。兄ポールの精神疾患と、それに対する精神科医の所見をしたためた1950年代の手紙には、精神科医の結論としてこう書かれている。

「ポールの根本的な問題は支配欲の強い母親にあったようだ。ポールは母親のせいで、なんとか逃げ出さなくては、この世から消えてしまわなくてはと感じていた……いずれにせよ、彼がいまも気取った恐ろしい執拗な「声」に追われて暗く長い道を逃げ惑っていることは想像に難くない。あくまでも私個人の経験測だ――彼を悩ませていたのは「声」ではなかったかもしれない。だが私の場合、1900~1920年代に母親が石のように無口な人だったら、ハーヴァードストリートの生活はもっと居心地がよかっただろうとずっと思ってきた(おそらく、私が無口で有名なのはそのせいかもしれない)」

優秀な生徒だったコンヴァースは、母親と祖母も通ったマウント・ホリヨーク大学に奨学金で入学したが、のちに中退した。弟のフィリップによると、その後5年間彼女は「あちこち転々」としていたそうだ。

最終的に彼女はニューヨークシティに腰を落ち着けた。レーベルも広報担当者もエージェントもなく(数年ほどマネージャーがついていた時期もあったが、たいした成果は出せなかった)、今でいう宅録ソングライターのはしりだった。グリニッチ・ヴィレッジのアパートで曲を作ったが、なかなか目が出なかった。あくまで私の想像だが、得体のしれない彼女の音楽を音楽業界がどう扱っていいか分からなかったというのが実情だろう。

「すべての音楽はフォークミュージック(民衆音楽)だ。馬が歌うのを私は聞いたことがない」という言葉を残したのはルイ・アームストロングだと言われている。だがコンヴァースが駆け出しだった頃、フォークミュージックというものは、無名の作家の言葉を無名の作曲家のメロディに乗せた伝統的な曲を指すのが一般的だった。

ボブ・ディランが出てくるまで、フォークミュージックを「書いた」人間はいなかった。ミュージシャンで、フォークソングの収集家でもある民俗学者のエレン・ステカート氏が、かつてこう言ったことがある。「ディランが出てくるはるか以前、ジョン・ジェイコブ・ナイルズが「I Wonder as I Wander」をはじめとするフォークソングを自作してこっぴどく批判された。あの当時フォーク界では、自分で書くよりも隠れた名作を発掘する方が良しとされていた。50年代から60年代初頭には政治的な楽曲を書く人も出てきたが、歌詞に出てくる“自分(I)”はすべて農夫や炭鉱夫や海兵を意味し、作者本人を指すことはありえなかった」

アール・ロビンソンやリー・ヘイズなどの作曲家は、1930年代後期から40年代にもてはやされていた「フォーク」のオリジナル曲を書いていたが、これを限界まで押し上げたのは1960年代初期のディランだった。より個性の強い、内省的で文学に傾倒した楽曲を作り始めたディランは、「フォークシンガー」のレッテルを貼るジャーナリストと言い争いをするようになった。

その辺りで「シンガーソングライター」という言葉が出てきた。歌詞が内省的で自伝的な「音楽ジャンル」というのが定説だった。2009年にコニー・コンヴァースの50年代の作品がリリースされて以降、彼女を「シンガーソングライター第1号」と呼ぶ人もいる(文字面だけで解釈すると紛らわしい。自作した曲を歌うという意味なら、ジェリー・ロール・モートンもハンク・ウィリアムズもビヨンセもみなシンガーソングライターだ)。私が思うに、こうした評価は彼女の演奏スタイルとも関係しているようだ。聴く者を虜にする親しみやすさは、特定の人気アーティストによく見られる資質だ。

私はステカート氏にコンヴァース作品のいくつかを、注釈なしで送った。すると彼女は心底驚いてこう言った。「彼女は女性ボブ・ディランだ。作詞家としても作曲家としてもディランの上を行っていたが、ディランのようなショウマンシップは持ち合わせていなかったし、プロテストソングを書くことにも興味がなかった。ディランはしかるべきタイミングにしかるべき場所に居合わせた。コンヴァースは違った」


1946年4月、ニューヨーク州リバーサイド公園のコニー・コンヴァース(PHOTOGRAPH BY RICHARD AIME; COURTESY OF LOIS AIME)

Akiko Kato

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