Summer Eye夏目知幸が語る人生の再出発、シャムキャッツ解散から『大吉』までの日々

 
葛藤の果てに掴み取った「大吉」

―「求婚」はレゲトンのリズムを取り入れているのも、夏目知幸が結婚について歌っているのも新鮮な感じ。

夏目:ビートの下地は、一時期ハマってたDJパイソン。彼は自分の音楽をディープ・レゲトンと呼んでいて、(音の質感が)クールなんだよね。俺はそこにボサノヴァのコード進行を入れたからビートは温かくなったけど、大元の発想はそこからで。




―歌詞については?

夏目:この曲も先に進むきっかけとして結構大きかった。“結婚しようよ”っていう歌詞がストレートに言えたことで、結構スッキリしたんだよね。

結婚について歌うって今の時代難しいじゃん? もっと言うなら俺自身が「結婚なんていう制度アホじゃない?」って思ってるタイプなわけ。人間的なつながりがあるなら、ハンコとか押さなくても一緒にいればいいし、勝手にすりゃいいじゃんっていう。でも、お金や言葉って、本当はないけどみんなが信じているから「ある」ことになってるでしょ。それと同じで、もし結婚っていうものがあるんだとしたら、一旦それに賭けてみるっていう楽しみ方もあるじゃん。で、そういう楽しみ方は誰にも開かれてるべきだと思うよね。

―婚姻制度に疑問を持つのとは別に、“結婚しようよ”ってのはハッピーワードだからね。吉田拓郎の特許ではないし。

夏目:そう、俺だって歌うよ!(笑)

―「白鯨」のダブとヒップホップっぽいビートが交わった感じもよかった。この曲はWOWOWドラマ「ながたんと⻘と -いちかの料理帖-」主題歌とのことだけど。

夏目:監督の松本壮史くんからオファーをもらったとき、The 1975の「Sincerity Is Scary」がリファレンスとして挙がって。それで、%Cくん(TOSHIKI HAYASHI)というトラックメイカーに「このくらいのBPMでビートを組んでほしい」と依頼して、そこに肉付けしていったという。




―ダブの要素については……イントロのピアニカで確信したけど、これはプライマル・スクリームの「Star」だよね?

夏目:そうです(笑)。ビートが届いて曲を作っていくなかで、共同制作者の一人であるライターの田中亮太が「ここは『Vanishing Point』に寄せるべき!」とストレートに言ってきて。去年、ソニックマニアでプライマル・スクリームを観たり、ボビー・ギレスピーの自伝を読んだりしたのもあったし、俺たち2人ともチルな雰囲気は好きで「『Star』最高だよね!」っていう話も常々してたの。そんなところに「これは入れられるぞ!」ってタイミングが来たので、存分に入れてみようと。

―『Screamadelica』もいいけど、『Vanishing Point』がやっぱり最高だよね。

夏目:絶対にそう。それでやってみて、いい曲ができたね。



―あとはさっきジルベルト・ジルの名前が挙がったけど、クラブミュージックと同じくらい、ブラジル音楽のエッセンスを感じたんだよね。その辺はどう?

夏目:バンドが終わって1年くらい経った時の自分……嬉しくも悲しくもない、楽しくはないけどつまらなくもない。このままでいい気もするし、もうちょっとやる気を出した方がいいような気もする。色んな感情がフラットに全部ある。これらの感情を歌詞にしようにも、凸凹がなさすぎると思って。じゃあ、この凸凹のなさを表現できる音楽ってなんだろうと考えた時、それはフォークじゃないんだよね。CやGみたいなコードのシンプルさに、俺の気持ちの抑揚を託すことはできない。

それで暇だったからギターの練習をしようと思って、生前のジョアン・ジルベルトが東京国際フォーラムで演奏した世界唯一の公式ライブ映像っていうDVDを買ったの。そしたらもう半端なくて。どうなってるか知りたいし練習するでしょ。「ムズっ!」みたいな。単純な繰り返しのようだけど、ルートが違ったりテンションがかかったり、そういうのが綿密に組み合わさりながら聴きやすいポップスになっていて。宇宙が出来上がってるわけ。

これを再現するのは無理だけど、この襞(ひだ)の多さみたいなのを参考にすることで、「くたびれた男がくだを巻いて何か真実めいたことを言っている」音楽ができるかもしれないと思ったんだよね。



―ブラジル音楽には「サウダージ」という情感が込められているというけど、Summer Eyeの方向性とも相性がよさそうだよね。

夏目:そう、まさしくそれも考えた! 日本語にすると「望郷」とか「哀愁」になるんだろうけど、そこまで乾いてないというか、湿り気や色気みたいなものもあると思う。だから俺は、いつまで経っても「いやー、あのコえっちだったなー」って思い返しちゃうことをサウダージって言うんじゃないかと思っていて。

―とほほ(笑)。

夏目:そこにはウキウキも、哀しみも、故郷の匂いみたいなものも含まれてるわけで。いかにもくたびれたおっさんが言いそうだし(笑)。だから、Summer Eyeのコンセプトの根底には「あのコえっちだったなー」という感覚がある(笑)。



―今言ったようなことが、アルバム最後のタイトル曲「大吉」でラッキースケベを振り返るくだりに集約されているわけね(笑)。『大吉』っていう名前の作品が、これだけハードな時代に発表されるのも素敵だなって。

夏目:トラックが一通りできて、あとは歌を入れるだけとなった時に、なんか景気のいい曲になりそうだし、これがタイトル曲になるだろうなっていう予感がしたのね。それで、とびきり縁起のいいタイトルを考えようと思って新宿の珈琲タイムスに入ったら、お行儀の悪い喫茶店になっちゃってて。どこぞの若者たちがたむろして、店に入ってくる姉ちゃんを見て「あいつTikTokで繋がったことあるわ」みたいな話をしてるわけ。本当に下品でさ、中学生の頃に感じるような心のイヤな部分、人が人をいじめる時のマインドみたいなのがわいてきたんだよね。

でも……それでも、やっぱりみんな幸せだといいなと思い直して。「俺もお前もグッドラック、この先が明るいといいね」っていうマインドに切り替わったわけ。それで「グッドラック」という言葉を日本語にしようと思って……「君に幸あれ」も違うし、じゃあ「大吉」かなって。

―Summer Eyeのコンセプト的に、締めの言葉で「グッドラック」は100点じゃない? くたびれたおっさんに言えるかっこいい台詞のNo.1だと思う。

夏目:そうだね。世の中にはいろんな人がいて、俺とは全然違う考えの人もいるし、わかんないことだらけで責任は取れないけど「大丈夫っしょ」みたいな。

―おみくじの「大吉」も、引いたからってそれだけで人生が劇的によくなるわけではない。そういう意味では無責任だけど、「いいことありそう」という気分はいいものだし、そこは音楽も一緒だよね。

夏目:本当にそう。やっぱり自分の曲を聴いて明るくなってほしいもん。

―“いいことばっかり起きたらどうしよう?/そしたら踊ろう いつでもどこでも”というのは一見シンプルだけど、音楽に救われたことがあるからこそ出てきた歌詞じゃないかな。

夏目:色んな音楽やカルチャーに救われてきたから恩返しがしたい……って言うと大げさなんだけど、自分が救われた感覚をシェアしたいんだよね。そういう意味でも、今までで一番自分のことを歌ったアルバムになったと思う。


Photo by Yoko Kusano




Summer Eye
『大吉』
再生・購入:https://virginmusic.lnk.to/Daikichi


Summer Eye 1st Album 「大吉」Release Party Ep1 "大安"
2023年4月6日(木)東日本橋 CITAN
open 18:00 close 23:00
Live;Summer Eye
DJ:Impossible Climbers【MINODA/川辺素(ミツメ)/Summer Eye】、Torei
詳細:https://summereye.peatix.com/

 
 
 
 

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