「窒息・骨折・気絶」米モルモン教信者が明かした虐待の様子

「証拠不十分」で起訴は見送りに

2021年5月にチャードさんが警察に申し立てた苦情によれば(ローリングストーン誌との取材でも本人より確認済み)、彼女は何年も週3~4ペースで通院していたが、ハーカー氏は1回のセッションで何度もこうした行為を繰り返した。ハーカー氏は高校時代にレスリングをやっていて、同氏の肘鉄でたびたび目の周りに青あざができたとチャードさんは警察に語っている(彼女は写真をローリングストーン誌に提供してくれた)。2017年にはセッション中に親指を骨折し、手術を余儀なくされた(この時の記録もローリングストーン誌に提供してくれた)。ハーカー氏からはセッション中の出来事を口外しないよう念を押された。そのつどチャードさんは自分の中に悪魔がいたことを謝罪して、ハーカー氏の手の内を決して悪魔に明かさないと誓ったそうだ。「わかってるよ」とハーカー氏。「君を信用している」

そうこうするうちに2人の力関係はずっと複雑になり、時には伝統的な「セラピストと患者」の境界線が崩れることもあったそうだ。「説明するのは難しいですが、彼は虐待の加害者であると同時に、安らぎも与えてくれたんです」(チャードさんの主張についてハーカー氏にコメントを求めたが、医者の機密保持義務を理由に断られた。ただし「どんなに激しい身体的接触――患者の身体を拘束するなど――があったとしても、それは本人や他人に危害を加える差し迫った危険がある場合など、極めて特殊な状況の時だけだ」とも述べた)。

ハーカー氏の患者で、身体的虐待疑惑を告発したのはチャードさんだけだ。だが他の患者も同氏から直接、または同氏の組織から治療を受けた際に、同じぐらい深刻な精神的ダメージを受けたと語っている。こうした人々はポルノやセックス、とりわけ自慰について宗教色の濃い教えをハーカー氏や同氏のグループから刷り込まれた結果、のちに激しい羞恥心や自己嫌悪を抱くようになった。「(ハーカー氏と彼のグループからは)自分との戦いだと教え込まれました」と語る32歳のアンソニーさんは2007年、17歳の時にハーカー氏のセラピーを受けた。「自分は悪魔との戦いの真っただ中にいるのだと言われましたが、実際は自分の身体、自分の手、自分の精神との戦いでした」

チャードさんは主にコミュニティ内でのハーカー氏の立場と、訓練を受けたセラピストだという事実から、彼を信用していた。2021年2月までの4年間、彼女はハーカー氏の診察を受け続けた。「悪魔への怒りがあまりにも激しくて、殺されるんじゃないかと思ったことも何度かありました。首を折られるんじゃないかと思いました」と本人。「抑えが効かなくなるたびに、彼の身が心配になりました。自分のオフィスで患者が死んだら、周りになんと言うつもりなんだろう?って」

2020年末、チャードさんは1人の友人とおしゃべりをしていた。その友人が自分のセラピー体験を語ったので、チャードさんもハーカー氏の治療について語った。「彼女もある程度は実態に気づいていましたが、上手く折り合いをつけていました」と、その友人(本人の希望により匿名)は語った。友人からの勧めで、チャードさんは2021年5月にファーミントン警察に通報した。

警察の調書には、ハーカー氏の治療で目の周りのあざや親指の骨折を経験した詳しい経緯の他、2019年の出来事で複数のあざを作り、気絶したことも語られている。チャードさんはこの時の様子を携帯電話に録音しており、通報の際には音源も警察に提出した。警察署とデイヴィス郡地方検知局はハーカー氏の起訴を見送った。地方検事は、気絶した原因が同氏の暴力だったと証明するには「証拠が不十分」だと述べた(ファーミントン警察署にコメントを求めたが、返答はなかった。デイヴィス郡地方検事局はコメントを控えた)。

その年の春、チャードさんは電話でハーカー氏を問い詰めた。チャードさんはこの時の音源をローリングストーン誌に提供した。通話によると、チャードさんがハーカー氏だと言う声の主は、セッション中に身体的暴力がたびたびあったことを認めているようにも聞こえる。42分間におよぶ通話の開始6分、彼女はこう切り出す。「初めて息ができなくなるほど口と鼻をふさがれた時、私は乖離していました。乖離はトラウマではよくあることじゃありませんか?」

「どうすればいいか分からなかったんだよ」とその男は言い、「乖離の度合いが、自分の経験値をはるかに超えていた」と続けた。

「ずいぶんな言いぐさですね。私は息ができなかったんですよ」とチャードさん。

「分かっている」と声の主。「分かっている、分かっているよ」

数分後、彼女は目の青あざを覚えているかと男に尋ねた。男は「思い出した」と答えた。さらに男は通話の中で、チャードさんとの治療中に一般的な医者と患者の境界線を破ったことを認めた。「自分でも驚いている。恥ずかしい。自分が腹立たしく、情けない。君の人生を台無しにしてしまった。正しい線引きができていなかったなんて、自分でも恐ろしい。毎回ちゃんと分かっていたんだ。でも自分が守れていないことも分かっていた」

その年、チャードさんは営業ライセンス部(DOPL)にも通報し、ハーカー氏の免許取り消しを申請したが、いまだ決着はついていない。ローリングストーン誌はハーカー氏に対する苦情の公式記録を請求したが、これに対してDOPLの代理人は「モーリス・ハーカーに対して正式な行政措置はまだ講じておりません。また捜査に関しては、否定も肯定もできません」と返答した。ハーカー氏本人は、「患者から提起された問題について、ユタ州DOPLに協力している」とローリングストーン誌に語り、DOPLに苦情が寄せられたのはこれが初めてだと付け加えた。

「制度そのものに苛立ちを覚えます」とチャードさん。「あんなにたくさん情報を提供したのに」

Translated by Akiko Kato

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE