リトル・シムズが語る、UKラップの傑作をもたらしたディープな自己探求

揺るぎない自信を手にするまで

アルバム制作では感情を深く掘り下げなくてはならなかったものの、プロセスそのものは「とても楽しかった」とシムズ。実際『Sometimes I Might Be Introvert』は、聴いていても楽しい作品だ。ここまで力を入れたアルバムだとヘヴィで、もっと単刀直入に言えば退屈だと思われがちだが、その点シムズは丁寧だ。「苦労した時もあった。自分にプレッシャーをかけて、もっといい曲を作りたいと思ったり……聞いてみたらわかると思う」と彼女は続けた。「深い話題を取り上げて、たくさん格闘しているけれど、気楽な部分もあるの」

そうした弱さと軽さの絶妙なバランスは、アルバム全編に見て取れる。「Rollin Stone」では自らのルーツに立ち戻り、キャリアの初期から頼りにしているグライムMCの力強い抑揚に乗せてラップする。曲のコーラス部分は「I Love You I Hate You」と相通じるものがあり、抑えめのトーンで“ママは頑張り屋、パパは根無し草”とラップした後、視点を自らの胸の内へと変える。“私は2人の血を受け継いだ、弱音を吐くなんてありえない”。その後もグライムMCならではの機転の効いた口八丁を展開する(“これっぽっちの金はいらない、ピザじゃあるまいし”)。



この曲は、シムズのアルバムでの仕事ぶりを示すいい例だ。彼女は重苦しい話題もしなやかに扱う。「この手のテンポ、この手のものは育ってきた環境のせいだと思う」と彼女はこの曲についてこう語る。「『Rollin Stone』は完璧な一曲。私がブレていないこと、こうした部分をいつでも掘り下げられることを示している。私自身もやってて楽しい」

さらに曲の中盤で、彼女はトーンを逆転させる。テンポが変わり、夕暮れ時にぴったりなゆったり流れるカデンツへと切り替わる。歌詞も、ファンが予想もしなかったような魅惑的な方向へ。その結果、揺るぎない自信があふれる。

「私のこういう部分を耳にした人はあまりいないでしょうね。表現方法や声の使い方をいろいろ実験したのはものすごくクールだったし、上手くいった」と本人。レコーディングしていて、『これって最高』と思った曲の1つ。間違いない」

「Rollin Stone」の後半部分のゆったりしたヴァイブのインスピレーションとして、シムズはレコーディング中によく聞いていたラッパーのGun40を挙げた。「インストでの彼の姿勢がすごく好きだった。すごくリラックスしているのに、すごく自信たっぷり。強制されている感じも、考え過ぎてる感じもないんだ」と彼女は言う。「同じようなエネルギーを表現したいと思った」


Photo by Karis Beaumont for Rolling Stone. Styling by Luci Ellis at the Wall Group. Hair by Lauraine Bailey. Makeup by Nibras. Sweater by Stüssy.

初期の作品ではJ・コールやケンドリック・ラマーなど作家気質のMCに例えられたシムズだが、彼女は常に独自の方法で感情を深くとらえてきた。過去3枚のアルバムはどれも自分を理解しようとするコンセプトアルバムだ。胸を焦がすような2019年の『Grey Area』でシムズは一目置かれる存在となったが、真実への問いかけを始めるきっかけにもなった。アルバムに溢れる実存的かつ誌的な内省は、サウンドにも脈々と流れている。たとえば「Therapy」では、“暗闇が怖い、過去が怖い/問いかけたこともない問いに答えるのが怖い”とラップする。と同時に「Offence」でのファンク風バラードなど、卓越した音楽性も披露する。このアルバムがFKAツイッグスやスロウタイ、マイケル・キヌワーカを抑えて、2020年NME最優秀イギリスアルバム賞を受賞したのも頷ける。

始めのころは、『Grey Area』の成功に見合う作品を作らなければ、というプレッシャーも少しばかりあったそうだ。「スタジオに入った瞬間、そういうプレッシャーはなくなった」と本人。「他の誰かを喜ばせるためにスタジオに入って作品を作るわけじゃない、『Grey Area』パート2を作ろうとしているわけじゃない。もうそういう立ち位置じゃないんだってね」

収録曲はたっぷり19曲。明らかに、リトル・シムズはこのアルバムで伝えたいことが盛りだくさんだ。「吸収してもらうことがたくさんあるけれど、吸収できるような形にしたつもり」と彼女は言う。

Translated by Akiko Kato

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