薬物に翻弄されたクラブ界の元カリスマが死亡、自称「わがままなジャンキー」の歩み

2019年4月30日、ニューヨークシティのバー「Drop Off Service」で自身の誕生日を祝う故マイケル・アリグ(Photo by Chance Yeh/Getty Images)



刑務所で学んだことは「忍耐」

アリグは2014年に釈放され、本人曰く更生してニューヨーク市に戻った(もっとも、彼が知っているナイトライフはもはや姿を消してしまっていた)。「刑務所で学んだ一番大きなことは忍耐だ」。当時彼は、ローリングストーン誌にこう語った。「昔は独りよがりで自分勝手だった。でも、刑務所では真っ先に施設の時間で行動することを学ぶ。フリーズと僕が最初にメタドン治療のクリニックに行ったときは、36時間ぐらいそこにいた。待合室で寝るんだよ」

「僕はヘロイン中毒の状態で刑務所に入ったが、ヘロインは断薬するのがすごく大変なんだ――とくに刑務所ではね」と彼は付け加えた。「薬を断って、禁断症状を経験して、1週間か1か月も経てば回復するだろうと期待する。それでも回復しなかったので、『畜生、こんな恐ろしい罪を犯した僕のことなんか、きっと誰も許してくれない、だったらいっそハイになって全部やめちまえ』と決め込んだ」

またアリグは、ドラッグに手を出したために独房に入れられたことが心底堪えたとも語った。「あそこは8、9、10年ぐらい経験した。一時期は2年ぐらい素面でいたこともあったんだけど、脳を元通りにするには不十分で、結局またドラックをやり始めてしまった」と本人。「4年ぐらいたってようやく脳がまともに機能し始めた。ああ、質問は独房のことだったね。尿検査で陽性反応が出るたびに、1年独房生活を喰らうんだ。麻薬更生プログラムに入ると、徹底的にやられる。独房に入れられるんだが、そうなるとますます麻薬に手を出したくなるんだ!」

2017年、保釈期間を終えたアリグは、再びナイトクラブの住人として返り咲こうとし、それを記念するパーティを開いた。ゴシップページPage Sixの報道によると、パーティを開いたせいでアリグは脅迫状を受け取った。多くの批判的な人々が、有罪を受けた殺人者を「祝う」ことに非難の声を上げた。「悪い奴らは本当に質が悪い」と、アリグはローリングストーン誌に語った。「彼らは『お前を殺してやる、お前は電気椅子に掛けられるべきだ、この州では死刑が認められていないから、俺たちが代わりにやってやる』って言うんだ」

ドラッグ、中毒、逮捕などさまざまな問題を抱えていたにも関わらず、アリグは悔恨の念を抱きながら社会に溶け込もうとしていた。「あれから18年、昔の自分を振り返ると、恥と嫌悪感しか感じない」。2014年、ニューヨークポスト紙に掲載された記事でアリグはこう書いている。「僕はわがままなジャンキーで、他の人を殺したんだ」

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from Rolling Stone US

Translated by Akiko Kato

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