入稿は時空を超える:ブックデザインと納期に関する3つの事例

マンモス・泣き沈む・盂蘭盆……

鐘の気配は一向に見えないまま迎えたラフ出し当日。冴えない文字組みを映し出したディスプレイの前で、「マンモス・泣き沈む・盂蘭盆……」とブクブクと怪しい韻を踏んだデザイナーの顔に浮かぶ死相。柱の三要素に明るい同業者に頼んでいたらもっと鮮やかな本が仕上がるだろうに、自分が不甲斐ねえ、第二頚椎直上の軟骨を狙って刃を落として頂ければ諸々スムーズだと聞いたことがありますよ、といった内容のメールをしたためていたところ、「それ詳しい人に聞けばいいんじゃね?」と突然フランクに去来した鐘。テーマに萎縮して視野が狭くなり、ビジュアルを根本から自分ひとりで組み立てなくてはいけないと思い込んでいた1秒前は遥か彼方、そういえばめちゃくちゃ適役の友達いるじゃん、と鐘を突き散らかして友人のフォトグラファーに電話したら泣けるほど軽やかに話に乗ってくれました。タイミング悪く緊急事態宣言が発令されてしまい、新規の撮影は流れてしまいましたが、「38度線付近で行われたフェスで撮影した、噴水を浴びて踊る女性たち」というこれ以上ないほどの写真を提供してもらえたので、同アングル3枚レイアウトで躍動感3倍増。同会場で撮影したというビニールカーテンの写真からムクゲの花と蝶の柄を抜き出して金箔押で重ね、生命感あふれるハイ・エナジー物体を仕上げることができました。

「ご無沙汰しております。マジで申し訳ないんですが、4日後に一式入稿してもらえないですか?」という電話をかけてきたのは、一度打ち合わせして使用イラストの候補を提案したきり、10カ月間連絡が途絶えていた案件の編集者でした。こう見えて下請け根性が異常に強いので、無茶かつ切実なお願いを目の当たりにすると、感情をすり抜けて手が勝手に作業を開始します。なんだよそのタイム感、十七年ゼミかよ、と呟いた自分に小ウケして鳴った小鐘が小一発。小ウケを引っ張ったまま、一度も保存せずに完成まで走りきる社会人失格ムーヴをキメてスケジュールの前倒しに成功。出来上がったデザインはとても気に入っているので、大抵の仕事は鐘さえ鳴ればどうにでもなるという思いを強くしました。色校は出ないと聞かされたので、黒のインキを3種類使ったシュレディンガーデータを入稿したことを思い出すとまだ胸がドキドキします。蠍座のアンタレスが555年前に放った赤い輝きは今夜我々の網膜に届き、9日前に印刷所に渡ったデータは間も無く本の形に組み上がるでしょう。ナパーム弾を抱えて神保町をうろつくチーター、紙見本を捲るフォガットゥン・ボーイ。君に見てほしいんだ、俺が使うテクノロジーを。『ビューティフル・ダーク』、まだ仕上がりを見ていませんが、事故がなければ超かっこいい仕上がりで書店に並んでいるはずです。

森 敬太
京都府生まれ、デザイナー/アートディレクター。小説、コミック、CDなどの装丁を手がけながら、2011年から自主制作漫画レーベル「ジオラマブックス」を主宰、漫画誌「ユースカ」を発行。2017年、合同会社飛ぶ教室を設立する。
Instagram : @m_o0_ri

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