リチャード・スタンリーは“鬼才”なのか
『カラー・アウト・オブ・スペース』の公式ウェブサイトで、監督のリチャード・スタンリーは“鬼才監督”と紹介されている。
何をもって“鬼才”とするかは異論があるだろうが、スタンリーはかなり評価の分かれる映像作家で、正直これまで“傑作”と呼ばれるような作品は作っておらず、カルトというほどの信奉者も得ていないような気もする。
元々ミュージック・ビデオ畑でフィールズ・オブ・ザ・ネフィリム、ポップ・ウィル・イート・イットセルフ、レネゲイド・サウンドウェイヴなどクセのあるアーティストのビデオを監督してきた彼だが、主要な映像作品を紹介してみよう。
●『ハードウェア』(1990)
文明が絶滅した世界を描く近未来SF。
モーターヘッドのレミーが水上タクシーの運転手(当初はシネイド・オコナーの予定だった)、イギー・ポップがDJで声のみ、フィールズ・オブ・ザ・ネフィリムのカール・マッコイも出演するなど、ミュージシャンが多数登場。作中でテレビに映されるのがアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのビデオ、エンディング・テーマがPILだったりする。なお視覚効果を手がけているのは、後にミュージック・ビデオ界に進出するクリス・カニンガム(当時15〜16歳)だ。
ちなみにこの作品はトラブルもあり、プロデューサーの1人ハーヴェイ・ワインスタインが主演女優ステイシー・トラヴィスに性奉仕を迫ったと、後の MeToo運動の一環で告発されている。また、ストーリーがまったく関連のないコミックと酷似しており、後に発売されたDVDでは“原作”として新たにクレジットが追加された。
スタンリーは一時期『ハードウェア2』を作ると宣言していたが、“ロボットが自動車に変形して殺人をする”という話で、完成する前に『トランスフォーマー』実写版が公開されたこともあり、いつしか話がフェイドアウトしていった。
●『ダスト・デビル』(1992)
砂漠を彷徨う伝説の悪魔“ダスト・デビル”を描く作品で、ナミビアで撮影。主人公のダスト・デビルを演じるのは『ロボコップ3』でロボコップを演じたロバート・バークだ。
マカロニ・ウェスタンのダークヒーローみたいなのかと思いきや、ヒッチハイクした女と性交した後に首の骨を折って四肢切断、指をコレクションして家に放火するという、山上たつひこの「イボグリくん」ばりのダダな破壊行為で見る者を唖然とさせる。
●マリリオン『ブレイヴ』(1994)
英国プログレッシヴ・ロック・バンド、マリリオンのアルバム『ブレイヴ』を完全映像化したコンセプチュアル・ビデオ。
記憶を失った少女を巡るサイコ・ドラマをアルバム化した『ブレイヴ』だが、スタンリー監督による映像ヴァージョンは“ショッパイ”ということで多くのファンの意見が共通している。スタンリーは「勝手に編集された」と主張、バンド側も気に入っておらず、アルバムのデラックス・エディション再発時に収録されることもなく、今ではなかったことにされている。現在DVDは廃盤だが、さほどプレミア化もしていない。
●『D.N.A./ドクターモローの島』(1996)
スタンリーは撮影3日目でクビ。完成した映画には関わっていない。それにも拘わらず、ドキュメンタリー映画『Lost Soul: The Doomed Journey of Richard Stanley’s Island of Dr. Moreau』(2015)が作られるほどカルト化している。
スタンリーは解雇された後もロケ地に留まり、バレないように獣人の特殊メイクをして出演していたという伝説もあり。
この作品はジョン・フランケンハイマー監督がリリーフ登板して完成されたが、マーロン・ブランドのカーツ大佐を凌ぐエキセントリックな役作り、身長70センチという“世界一小さな俳優”ネルソン・デ・ラ・ロサの出演など、一部のファンから絶大な支持を得ている。
それからスタンリーは長編劇場映画から距離を置き、ドキュメンタリーや短編映画を作ってきた。『カラー・アウト・オブ・スペース』は彼にとって劇場復活作であり、彼のキャリアにおいて初めて多額の予算をかけた作品となる。そこいらの監督だったら安全策を採るかも知れないが、これだけリミッターを外しまくった作品をあえて創り上げたのが、彼の“鬼才”たる由縁かも知れない。
ちなみにスタンリーは本作がラヴクラフト三部作の第1弾になる!という構想をぶち上げているが、果たしてどうなることか。楽しみにしていたい。