腰パンとレイドバックと奴隷船

本文に何度も「ダルい」と書いたことだし、レイドバック・キング、ダル・ジョーンズの演奏風景。最近はジャック・ホワイトのドラマーとして有名。

ニューヨークでドサ回りに明け暮れる、脱サラ中年ミュージシャンの現地報告。今回は2000年のディアンジェロ『Voodoo』リリース以降、黒人音楽のリズムを語る上で必修科目となったレイドバックについて、都市伝説みたいな話です。

※この記事は2020年3月25日発売の『Rolling Stone JAPAN vol.10』内、「フロム・ジェントラル・パーク」に掲載されたものです。

とあるレストランでBGM的な音楽を演奏していたときの話。バンドリーダーが僕よりずっと年配なこともあって、レパートリーはアシュフォード&シンプソンとかシャカ・カーンとか、そういう70、80年代のTOP40がほとんどなんだけど、ある曲を演奏しているとき、僕がレイドバックしていたら、バンドリーダーから「それやめろ」との合図。演奏後に呼び出されてしまった。

「おまえ何だあれ、レイドバック」。うわー、曲にマッチしてなかったならごめんなさい。「合ってる合ってないじゃなくて、ストレートに弾けって話だよ」。かっこいいかなーと思ってやったんだけど、失敗だったね。「あのなー、そういうことじゃなくてだな……(タメイキ)。いまは誰でもレイドバックをやる。白人も、アジア人も、イギリス人も。だけど誰も意味がわかってない」。……意味?

話を進める前に、レイドバックという言葉に馴染みがない人もいるだろうから、いちおう説明しておこうと思う。レイドバックって言葉には大きくふたつの用法があって、ひとつはグレッグ・オールマンのアルバム名にもなっている、ムードを表す言葉。日本語に訳すなら「まったり」がぴったり来ると思う。「あの島のレイドバックした雰囲気は最高だな~」みたいな。

もうひとつは音楽用語としてのレイドバック。もちろんムードから来た言葉なんだけど、もう少し具体的な意味があって、「音符をわざと遅らせて演奏する」ことを指す。ちなみに「わざと前倒しで演奏する」ことはプッシュと呼ぶんだけど、レイドバックでもプッシュでも肝要なのはインテンポ、つまり発音のタイミングは操作されても曲のテンポは変わらないというところだ。

このレイドバックは長いこと、メロディ奏者のものだった。ブルースのもたつく歌唱やギターソロ、なによりビバップ期以降のジャズでは、ソロ奏者がレイドバックして吹くことがもはやエチケットとなった。このソロにおけるレイドバックについては、井上裕章『ジャズの「ノリ」を科学する』に明晰な解説が記されているので、リズムに興味がある人は全員読んでください(名著!)。

さてゲームのルールが変わったのは90年代末。前段階としてヒップホップの世界で、クオンタイズ(ジャストなタイミングに修正すること)しない、レイドバックしたビートがドープだと評価されるようになり、その代名詞的なプロデューサーとしてJ・ディラが人気を獲得していた。そのビートを、当時ディラの周辺にいたプレイヤーたちが楽器で模倣しはじめたのだ。このソウルクエリアンズ界隈の発明についても、もう20年経って文献が出揃っているので、各自検索してください。

とにかくこの時期、ソロ=レイドバック/伴奏=ジャストという長年の枠組みが拡張されて、ベースはレイドバック/それ以外はジャストとか、ドラム以外はレイドバック/ドラムだけジャストとか、ドラムだけに焦点を当てても、スネアはレイドバック/キック&ハットはジャストとか、つまりどっかしらにジャストな部分が保持されてさえいれば、どんなコンビネーションでも「ハマるならOK」になっていった。


レイドバックしたリズムの代表例、ディアンジェロ『Voodoo』より

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