U2『ヨシュア・トゥリー』の知られざる10の真実

『ヨシュア・トゥリー』30周年記念ツアーで12月4日、5日に13年ぶりに来日するU2


8. ジャケット写真に写っている本物のヨシュア・トゥリーは2000年に朽ち果てたが、あるカップルがこの木を探そうとして亡くなった。

「もともとのコンセプトは二つの文明が出会う場所だった」と、グラフィック・アーティストのスティーヴ・アヴェリルがアルバム・ジャケットを説明する。「作業中の仮タイトルが『二人のアメリカ人』で、砂漠が文明と出会うというのが大雑把なテーマだったんだ」と。比較的に緩めのアイデアを持って、アヴェリル、フォトグラファーのアントン・コービン、U2のメンバーが、1986年11月半ばにバスに乗り込み、カリフォルニアの荒涼とした土地であるデスバレー、ザブリスキーポイント、モハベ砂漠、ゴーストタウンのボディへと出かけた。

「撮影は3日間で行う予定だった」と、「クラシック・アルバムス」のドキュメンタリーでアントン・コービンが語っている。「撮影初日の夜にボノと外出して、彼に『とても気に入っている木があって、ヨシュア・トゥリーと呼ばれているんだよ。これを表ジャケットにして、バンドを裏ジャケットにすると最高だと思うんだ』と話した。翌朝、ボノが聖書を持って起きてきて、前の晩にヨシュア・トゥリーを聖書で調べたって言うんだ。そして、それがアルバム・タイトルになるべきだって。そして、その日はこのヨシュア・トゥリーを探しに行くことにした」

カリフォルニア州道190を走っていて、デスバレーの西側のダーウィン近くでスピードを落とすと、コービンが探していたものが出現した。「何よりも感動したのが、この美しい木がたった1本だけ立っている光景に出くわしたことだ。この種類の木は大抵群れで生えているもので、この木だけというのは驚異的だったね。それに、あの木のあと、この場所でたった1本で生えている木は一度も見たことがない」とコービンが語る。バンドは路肩に車を停めて、20分間その木と一緒に撮影し、冬の凍りつく空気に耐えきれなくなってバスに戻った。「その日は凍てつく寒さだったけど、砂漠感を出すためにコートを脱ぐ必要があった。険しい表情をしているのはそのせいだよ」と、ボノが言った。

最終的にアルバムのジャケットに使われたのはザブリスキーポイントで撮影されたバンドの写真だったが、内側の見開きジャケットに使用された木と一緒に撮ったバンド写真は、その後U2を象徴する写真となった。ボノにとって、この荒涼とした砂漠の風景は、その前に過ごした精神的に不安定な時期――彼の言葉を借りれば「信じられないほど最悪な年」――を映し出していたようだった。大荒れの夫婦関係、過酷になる仕事量、グレッグ・キャロルの死のすべてが、ボノの精神に重くのしかかったのである。事実、「ああいった出来事があって、砂漠に惹きつけられたのだろう。あの年は俺にとって砂漠と言える年だったから」と、ボノはローリングストーン誌に語っていた。

しかし、クレイトンにとって砂漠のイメージはもっと楽観的な意味を持っていた。「このレコードを物語る精神的な風景として、あの砂漠は俺たちに大きなインスピレーションを与えた」と、1987年にホットプレス誌に語っていた。「一般的に、砂漠を額面通りの価値に捉える人が多いし、みんな不毛の土地と考える。それはそれで間違っていない。でも、見方よってはポジティヴなイメージになるんだ。砂漠のイメージを、これから何かを加えることのできるまっさらなキャンバス、という意味合いで捉えることも可能なんだよ」

偶然が重なって実現したこの撮影だったが、U2もこの木の所在地を知らなかった。だが、ファンの間でこの木が半宗教的な存在になったことを考えると、所在不明というのはある意味で良いことだった。「うん、ファンが見つけられない方がいい。だって、ライブに『ボノ、俺、この木を持ってきたぜ!』とあの木を切って持ってくるヤツが絶対でてくるから」と、ボノが冗談交じりにローリングストーン誌に語ったことがあった。これはあり得ないことではなかった。最終的に、U2の熱狂的なファンたちはこの木の場所を突き詰めたのである。そして、砂漠の真ん中の何もないこの場所がファン巡礼の場所となってしまった。

2000年にこの木は自然に朽ちた。砂漠の上に崩れたこの木の樹齢は推定200年という。徐々に砂漠に同化していく幹の横に「Have you found what you’re looking for?」(訳註:探しものは見つかったかい?の意)という看板を建てたファンもいた。2015年にはこの木の存在を辱める行為をする不届き者が出現して、この木の残骸を切り刻んで持ち去るという行為に及んだ。

ファンの多くはこのアルバムのジャケット写真はジョシュア・ツリー国立公園内で撮影されたと思っているが、この公園は木があった場所から南に4時間車で走った所にある。この思い違いが2011年8月に惨事を引き起こしてしまった。44歳のグース・ヴァン・ホーヴェと38歳の妻ヘレナ・ヌイレットの二人が同公園の奥まった道で死体となって発見されたのである。ジョシュア・ツリー国立公園の関係者は、彼らの死因は40℃を超える暑さによる熱中症と考えていると言う。ヴァン・ホーヴェは出身地のオランダで音楽クラブ013のマネージャーをしていて、同僚にジャケットが撮影された場所に行きたいと「熱心に」語っていたと報道された。

Translated by Miki Nakayama

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